2005年05月03日

祈って走って

気がつくと、わたしは道端でずっと祈っていた。


来る日も、来る日も、ずっと同じ場所で祈り続けること、二十年である。


同じように二十年もの間、その道を走り続ける男がいた。
来る日も来る日も走り続けた。


ある日のこと、走り続ける男は、
今日に限って歩きながら古ぼけた手紙を読んでいた。
その手紙を読み終えた男は、また今日に限って、わたしに話しかけてきたのだ。


「何をそんなに真剣に祈っているんだ?」


わたしは絶望しているのです。


「なぜ?」


なぜって、いまの世の中を見てください。
どこもかしこも末期症状でしょう?
だから、どうしたらみんなが幸せに暮らせるのか、
ずっと神様と仏様に祈って聞いているのです。


「神様と仏様? なるほど、二股をかけて祈っているんだな? それで成果は?」


それが、だめなんです。
二十年も祈ったのに、良くなるどころか、ひどくなる一方です。


「……すまん。われ力およばず」


いや、あなたが謝ることはありません。
走り続ける男の謙虚な姿勢にわたしは思わず姿勢を正した。


そうだ、ちょっと待ってください。


ここであなたが話しかけてくれたのも神様仏様のお導きかもしれません。
どうしたらみんな幸せに暮らせるのでしょうか?
知っていたら教えてください。


「ん、そうだな……」


走り続ける男はふと笑みを浮かべて言った。


「どちらかに祈ってみたらどうだ?」


神様か仏様か、どっちかを選ぶということですか?


「そう。神も仏も両方好きです、だから片方だけでもお願いします、
 ではどちらの心もつかむことはできないぞ。
 とにかく、どちらかにしてみろ」


そう言われてみれば、そんな気もする。


では、神様にします。
わたしは両手を組んで目を閉じた。


ああ、神よ、わたしたちをお見捨てになるのですか?


すると走り続ける男は言った。


「仏は言うだろう。ああ、祈り続ける男よ、わたしをお見捨てになるのですか。
 もうちょっとだったのに」


ええ? ちょ、ちょっと待ってください。仏様にしてもいいですか?


「いいよ」


よし。わたしは気を取り直して今度は仏様に祈った。


ああ仏様、どうかすべての人々が、幸せに暮らせますように。


すると走り続ける男は言うのである。


「神は言うだろう。ああ、祈り続ける男よ。なぜわたしに頼まない。サイナラ」


何だこの男は。
ふざけるのもいい加減にしろ。わたしは立ち去ろうとした。
すると走り続ける男はあわててわたしを止めた。


「待て待て待て。ちゃんと教えるから。もっと神仏に祈るべきだな」


……は? もっと祈るべき、だって?


自分で言うのもなんだが、
仮そめにもわたしは二十年間も神仏に祈りを捧げてきた人間である。
そのわたしに対して、もっと祈れと言うのか。


わたしは一瞬カチンときたが、冷静に言葉を返した。
いえ、もう十分に祈りましたと。


「いや、神仏への祈りが足らん。あんたはまだ甘いよ」


そのひと言に、とうとうわたしは怒ってしまった。


その言葉は聞き捨てならん!
二十年も祈ったんだぞ、二十年も!
それを言っちゃ悪いがあんたみたいに、
毎日走り続けるだけの人間に言われたくないわ!
少なくとも、わたしはあんたより真面目に考えとるわ!


すると、走り続ける男はまたそっけなく言葉を返したのだ。


「いや、じつを言うとね、わたしはあなたと同じこの場所で、
 あなたより二十年前から二十年間祈り続けていたんだ」


へ? そうなの?


「うん。それでわたしの横を二十年間走り続ける人がいてね、
 ある日、わたしに話しかけてきたんだ。
 そして、あなたとまったく同じ問答をして、わたしはこう言われた。
 神仏への祈りが足らん、あんたはまだ甘いと。
 わたしはあなたとまったく同じように怒ったよ。すると、その人は言ったのさ」


何と言ったの?


「こう言ったのさ。
『考えてもみろ。何千年も昔から人間は、楽園や極楽浄土を求めて神仏に祈ってきた。
 それなのにいつまでたってもこの様だ』」


……うむ。なるほど。


「『つまり、もっと祈れば、そのうちやつらはアテにならんことに気づく』」


……そうかもしれません。


「『そして、もっともっと祈れば、神仏なんていない、
 いたとしてもクソ食らえだ、もうおまえらには頼まない、
 自分でやってやる、という結論に達する』」


……ははあ、わからないでもありません。


「『しかしここで、もう一度よく考えてもみろ。
 すでにわたしたちは、やつらからあたえられている。
 聞く耳、見る目、話す口、考える脳、動く手足。
 これ以上、何を求めることがある?』」


……そんなものはだれでも持っているのではないですか?


「『いや、おまえさんにあたえられたものはだれも持っていない。
 おまえさんには、おまえさんだけにあたえられたものがある。
 それらはおまえさんが望んだから、やつらがあたえてくれたものだ』」


……だからといってどうしたらいいのですか?


「『神仏に祈っているだけでは始まらん。自分にしかできない仕事があるはずだ。
 それを自分で考えて、自分で決めて、後回しにしないで、
 いまからコツコツ始めんか!』」


! わたしは言葉を失った。


「『そうして行動を始めるとやがて、
 おまえさんは神仏がずっと昔から助けてくれていたことに気づく。
 いままでは神仏に祈って頼ってばかりだったが、
 これからは自分が神仏の代わりとなって、
 人々が神仏に祈っていることを実現するために生きよう、
 そのために自分は神仏に肉体を借りて、
 地上に降りてきたのだと考えるようになるからだ
』」


ええ? わたしが神仏の代わりになるだって?


「『そうだ。おまえさんが二十年、
 いや、じつは生まれる前からずっと祈り続けてきたことなのに、
 どうして神仏が見捨てようか。
 それを叶える手段として、神仏が肉体をすでにあたえてくれているのではないかね?』」


……つまり、何でも自分の願うことは自分で叶えるよう、
神仏が助けてくれていたのか?
そうすると、わたしの二十年間はいったい何だったのだ?
何という膨大な時間を無駄に過ごしてきたんだ?


「『いや、いままでの人生はそのための準備だった。
 人生に無駄なことなどひとつもない、と考えなさい。
 ものごとは考え様ですべてが決まるのだ。
 それでもなお自分の仕事が見えないなら、
 とりあえず死ぬまで生きておけい!』」


はい!


「『最後にもうひとつ!』」


何でしょう!


「『偉そうに言ってゴメンね』」


あ、いえ。


「……と、言われたわけ」


 ここで走り続ける男は、自分の言葉に戻った。


「それで、自分の仕事は見えたかね?」


わたしは首を傾げた。


わたしはいままで祈り続けただけの人間です。
何をするかだなんて、考えたこともありません。
いや、考えてもわからないから、逃げていたのかもしれません。


……しかし、ここで祈っていても始まりません。もう行こうと思います。


すると走り続ける男は優しく言った。


「そうです。
 あなたにはあなたの道があるのです。その道を行くのです。
 やがてあなたの本当にやりたい仕事が見つかります。
 しかし、焦ってはいけません。
 ものごとには時機というものがあります。じっくりと進めていくのです。

 そして、迷ったときはこの手紙を読むのです。
 あなたの進むべき道へのヒントが書いてあります。
 それまでは決して読んではいけませんよ」


走り続けた男は、さっき読んでいた手紙をポケットから取り出し、
わたしに手渡した。
ずいぶんと古い手紙である。


「いつ頃書かれたのかは、よくわかりませんが」


そうですか。とにかく、ありがとうございます。
わたしはその男に礼を言って立ち上がった。


そしてわたしは、走り始めることにしたのである。


しかし、読むなと言われれば読みたくなるものである。
わたしは早速古い手紙を取り出し、恐る恐る開いてみた。








あれ、何も書いていない……。
まちがえたのかな……?


あ、そうか! 自分の仕事は自分で決めるんだった。


そのことに改めて気づいたわたしが振り返ると、
走り続ける男は笑って手を振ってくれた。そして彼はまた走り始めたのである。


さあ、わたしも行こう。わたしは懐へ手紙を入れて走り始めた。
まだまだこれからだ。おもしろくなってくるぞ。


祈って走って 終
posted by marl at 02:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
どうもどうも!幸せまんです!
すばらしい作品が、とても見やすくなって感激です!
また、いっぱい読みますね!
ではでは!
幸せポチッとな!
Posted by 幸せまん at 2005年10月02日 10:39
どうも! 幸せまんです!
MARLさんの新しい物語!読みたいナット!
ポチッとな!
Posted by 幸せまん at 2005年10月10日 19:23
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