2005年05月22日

教えてください

1 入門初日


わたしは世界を救うという先生に弟子入りした。


ならば先生、お尋ねします。
苦しんでいるすべての人々を救い、
平和を実現するにはどうすればよいでしょうか?


先生は寺院の庭にある菩提樹の下で目を閉じて座っていた。


やがてうっすらと目を開け、
わたしの顔を細い目で見つめた後、おもむろに立ち上がった。


先生! どうか教えてください!
わたしは思わず土下座して嘆願した。


すると先生は、黙って右足を一歩前へ出した。


「?」


わたしは立ち上がり、先生と同じように右足を一歩前へ出した。
こうでしょうか?


すると先生は右足を引っ込めて、今度は左足を一歩前へ出した。
わたしも同じように左足を一歩前へ出した。こうでしょうか?


そのしぐさを見届けた先生は、
微笑みながら寺院へと戻っていってしまった。




2 入門2日目

 
あくる日の朝、わたしは先生の部屋を訪れた。
先生! ようやく先生が何をおっしゃりたかったのかわかりました。


先生は黙って目を閉じていた。


どんな大きなことでも、
小さな一歩一歩から始めなさい
、という意味ですね?


すると先生はうっすらと目を開け、
わたしの顔をじっと見つめた後、おもむろに立ち上がった。


どうでしょう?
わたしも立ち上がって尋ねると、先生は黙って右手を差しだした。
わたしは差しだされた先生の右手をしっかり握った。


正解ですね?


すると先生は、今度は黙って左手を差しだした。
……先生?


わたしは仕方なく、左手で先生の左手を握った。
……こうでしょうか?


両手で交互に握手を交わすと、
先生は壁の方を向いて寝転び、そのまま寝てしまった。




3 入門3日目


あくる日の朝、わたしは先生の部屋に飛び込んだ。
先生! ようやく先生が何をおっしゃりたかったのかわかりました。


先生は経典を開いて黙読している最中だった。


お互い握手をしっかり交わすことで、
仲良くすることから始めなさい
、という意味ですね?


すると、先生は経典を膝下におき、
わたしの方を向いて座りなおした。
そして、わたしの顔をじっと見つめた後、
微笑みながら右手で頭をボリボリとかき始めた。


正解、ですか?


すると先生は、微笑みを浮かべたまま、
今度は左手で頭をボリボリかき始めた。
……先生?


わたしは仕方なく、微笑みを浮かべながら、
左手で頭をボリボリかき始めた。
……こうでしょうか?


頭をかき終えた先生は、ふたたび経典を手に取って読み始めた。




4 決別のとき


こうして一年がたった。


わたしは一日も休まず、先生のもとを訪れて教えを請い続けた。
そしてわたしの考えは、
先生との日々のやり取りを重ねていくうちに複雑化していった。


この日の朝も、わたしは先生のもとを訪れた。


先生は最初の日と同じように、菩提樹の下で目を閉じて座っていた。


先生。
ようやく、ようやく先生が何をおっしゃりたかったのかわかりました。


先生はそのままじっとわたしの顔を見た。
わたしはその悟るところを述べ始めた。


右足を一歩前へ出すことは、
左足を一歩前へ出すことと同じぐらい簡単です。


右手で握手することは、
左手で握手することと同じぐらい簡単です。


微笑みながら右手で頭をボリボリかくことは、
微笑みながら左手で頭をボリボリかくことと同じぐらい簡単です。


先生はじっとわたしを見ている。わたしは続けた。


したがって、苦しんでいるすべての人々を救うことができる者は、
同じぐらい簡単に、楽しんでいるすべての人々を苦しませることができる者です。


が、しかし!
そんな者はいません。

 
先生の眉がピクリと動いた。
わたしはさらに続けた。


そんな者はいませんが、身近な人を喜ばすことはできる。
そして人は、みんなだれかとつながっている。
だから、みんなが身近な人を喜ばせることができたら、みんな幸せになれる。


だから、すべての人を助けようなんて大それたことは考えず、
常に自分の周りにいる人と仲良く助け合えばよい。
すると、その幸せが人のつながりを通じて広がっていき、
やがては苦しんでいるすべての人々も幸せになることができる。



それが、それこそが、先生のおっしゃりたかったことですね?


わたしはついに悟りを開いたと確信した。


が、先生は手を後ろに組んで、おもむろに空を見上げた。
せ、先生! ちがうのですか?


「……」


わたしは地面に崩れ落ちた。
む、無念です。どうか、どうかお願いです。
答えを教えてください。


先生は腰を下ろしてわたしの顔を優しく見つめた後、
とうとうその口をゆっくりと開いた。


「まず、正しい心を持つことが大切である」


はい。


「そうすれば、正しい望みを持つことができる。
 正しくない心は正しくない望みを生み、百害をもたらすのみ」


はい。


「そうして正しい望みを得たならば、
 それを叶えるために、状況を正確に認識しなさい。
 なぜなら正確な認識を元に判断しなければ、
 望んだ正しい結果が得られないからである」


はい。


「したがってまず、わたしが思い出さねばならない」


……何をでしょうか?


「あなたの質問である」




教えてください 終
posted by marl at 02:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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