2008年03月03日

遊んで暮らそう

 突然テレビで大統領の演説が流れ始めた。


「みなさん! 毎日のお勤め、大変お疲れさまです」


 国民は突然の大統領の演説に耳を傾けた。


「今日わたしが話したいことは、新たな経済政策についてです。
 と言いますのも、わたしはこれまでたくさんの経済政策を
 打ってきましたが、失業率はいつまでたっても50%台なのです。
 他の国の大統領さんにも聞いたんですが、
『ちょっと異常じゃないですか?』と言われちゃいました」

 
 国民はじっとテレビを見ている。


「わたしはこの失業率を見て、
 そうか、半分の人が働いて、半分の人が遊んでいるのだな、
 だからわたしの経済政策もたいしたものだ、と思っていました。
 しかし、まだまだ全然ダメ!」

 
 国民はじっとテレビを見ている。


「なぜダメなのか。
 それは、みんなが楽しく遊んで暮らしていないからなのです。
 そこでわたしは考えました。
 みんなが遊んで暮らせる社会を実現します!
 もうみんながお金のことで困ったりしない、心配したりしない。
 そんな究極の政策をいま、発表します」


 国民はじっとテレビを見ている。


「たったいまから、みんなの銀行口座をひとつにします。
 名づけて、『みんなの口座』」

 
 国民はじっとテレビを見ている。


「その口座はこの国の国民であれば、
 ボタンひとつでだれでも使えるようにしました。
 そしてすべての国民が働いて稼いだお金は、
 必ずこの口座に入れるようにしてください。
 そうしたら、この口座の残高はいくら使ってもいつも同じ。
 みんなお金に困らないし、心配もしなくていいでしょう?」


 国民はじっとテレビを見ている。


「それではまた」


 大統領の映像はプツッと途切れた。


 わたしもぼーっと大統領の演説を聞いていた。
 口座をひとつ……。ん? え?


 す、すごい!
 これでお金の不自由はなくなる!
 それどころか、好きなものが何でも買える!
 いや、そ、それどころか、オレは何でもできる!
 なんなんだこの大統領は! すごすぎる!


 さっそくわたしは豪遊する手段を考え始めた。
 まずは車だ! 高級車を買って乗り回そう!
 それから豪邸の建築だ!


 わたしはさっそく高級車ばかりを扱うディーラーに電話を入れた。


「毎度ありがとうございます。高級車専門店カックイーです」


 とりあえずリムジンを3つ、フェラーリを5つ。
 それとベンツを7つぐらい、まとめて送ってくれ。
 いますぐにだ。


「申し訳ございません。
 たったいま、すべてのメーカーが生産を中止しました」


 なんだと? そんなバカな話があるか。なぜだ?


「それが車を作る人、みんな辞めちゃったそうです」


 はあ?
 まあいい。とにかく金はある。
 欲しいだけやるから、いますぐみんな連れ戻してこい。


「ムリですね。
 だって、みんなお金に不自由がなくなったんですよ?
 だから辞めたんですよ」


 なにぃ? じゃあ、なんでおまえはまだ電話番をしているんだ?


「あ、ホンマや。辞めよ。ガチャ」


 お、おい!


 まあいい。
 わたしはすぐに冷静さを取り戻し、次の電話をかけた。


「ありがとうございます。豪邸販売のゴールデンハウスです」


 もしもし。とりあえず庭付きプール付きの一戸建てを4つくれ。
 大盛り、いや大きめのサイズで頼む。
 金に糸目はつけない。


「あー残念。さっきみんな帰りました」


 帰ったあ? 仕事はどうした仕事は!


「仕事しなくてもお金が手に入るようになったんですよ。
 知らないんですか、さっきの大統領の演説」


 知っとるわ! だから豪邸を注文しとるんや!


「注文? 何を偉そうに」

 
 な、なんだその態度は?


「お、いい女。ガチャ」


 おおい!

 わたしは受話器を見つめて考え込んだ。
 落ち着け。
 ここはいったん落ち着いて、そうだ、まず自分が会社を辞めよう。
 そして気分的に優位に立とう。辞めてやるぜあんな会社!


 もしもし、あ、部長ですか。
 お休みのところ携帯にかけちゃってすみませんね。
 それで用件はですね、いきなりですけど、わたし辞めますわ。


「は?」


 だから、辞めてやるってこんな会社!


「え? 会社って何?」


 は?


「いま南の島でバカンス中なんだ。邪魔をしないでくれ。
 まったく、おまえはいつまでたっても邪魔しかできない男だな。
 ガチャ」


 お、おおい! もうバカンス?
 さすがは部長、仕事が早い、などと言っている場合ではない。
 わたしもバカンスだ! 旅行に行こう!


 わたしはさっそく荷造りを開始した。
 えっと、パンツたたんでと……って荷造りまったく必要ない!
 全部現地調達だ!


 わたしは着の身着のままで車に乗り込んだ。


 あたりは恐るべき渋滞である。
 なんでこんなに込んでるんだ……。
 すると隣に並んだドライバーが言った。


「みんな会社辞めて旅行に行く途中らしいですよ」


 あ、そう……。それでこの大混雑?


「飛行機も飛ばなくなったらしくて」


 みんな辞めすぎ。仕事しようよ。


「ガソリンスタンドも閉鎖したみたいでね。みんなガス欠」


 え、これ、動いてないの?


「そう。もう誰も車に乗ってないらしいですわ」


 な、なにぃ? じゃあなんでアンタは車に乗ってるんだ?


「あ、ホンマや。帰ろ」


 お、おい!


 わたしは考えた。
 なぜだ。なぜみんなより一歩遅れているんだ? 


 まあいい。
 一度銀行に行ってみよう。大金を確実に押さえるのだ。


 銀行についたわたしは『みんなの口座』を開いて驚いた。
 すごいなこの口座は。
 一、十、百、千……えっと、千兆の次は何だったっけ?
 とりあえず、五百億ぐらい下ろすか。


 しまった、出しすぎた。
 これはとても持って帰れる量ではない。
 仕方ない、自分の口座に振り込もう。
 いや、自分の口座はもうないんだった。
 ……戻すか? いや、面倒だな。


 わたしは札をポケットに入るだけ突っ込んで、
 札を銀行に撒き散らしたまま家に向かった。
 しかし、どうやって使うんだこの金?
 みんな働いていないし……。


 すると突然、わたしは襟首をつかまれた。


「おい、おっさん、食い物をよこせ。さもないとおまえを食べるぞ」


 ちょ、ちょっと待ってください。け、警察!


「オレが警察だよ。おまえ逮捕」


 お、おおい!


 その頃、テレビでは再び大統領の演説が流れ始めた。


「みなさん! 毎日のお遊び、大変お疲れさまです」


 国民は突然の大統領の演説に耳を傾けた。


「今日わたしが話したいことは、先般の経済政策についてです。
 と言いますのも、わたしはこれまでたくさんの
 経済政策を打ってきましたが、
 この間の経済政策がひさびさの大ヒット! 
 とうとう失業率は99%に達しました!
 目標まで後1%! みんな遊んで暮らしましょう!」
posted by marl at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月15日

神様からのeメール


一.「神様からのeメール」



ある日、わたしの携帯電話に妙なメールが入った。


「件名 あなたの願い叶えます 差出人 神」


……なんだこれ? 神だって?


このようなメールには気をつけるべきである。
返信したが最後、後から高額の請求が来たりだとか、
わけのわからないスケベメールが来たりだとか、
ロクなことがないのは目に見えている。


つまり、即消去である。
そう思った瞬間、新しいメールが入った。


「件名 消去はちょっと待った 差出人 神」


なんだこれ?
タイミングが良すぎる。気持ち悪っ。
しかし、わたしは何となくそのメールを開いてしまった。


「メッセージ
開いてくれたようだね。結構。
あなたはあなたの夢への扉をいま開いたのだ。
さて、これからわたしの出す問題に答えることができれば、
あなたの願うものを何でも手にいれられる方法を教えよう
さあ、どうする?」


……あやしい。やはり消去するしかない。
と思ったらまた次のメールが入った。


「件名 第一問 差出人 神」


……さっそくきやがった。
しかし、第一問と来たら見ずにはいられないのが人間だ。


「メッセージ
あなたは喉が渇いて、どうしようもなく水が飲みたくなった。
でも、あなたが持っているのは塩だけ。
そして、この社会にはお金がない! さあ、どうする?」


なんだこの問題は?
お金がない社会、だって?
そこで喉が渇いたから、塩を使ってどうにかしろ、だって?


わたしは少し考えた。


塩をじっと見てツバを出す。
よし、返信。


しまった!
つい返信してしまった。
こんなえたいの知れないメールに返信してしまって、
悪いことが起きなければいいが……。


しばらくすると、新しいメールが届いた。



「件名 見解 差出人 神」


さっそく回答がきやがった。わたしは恐る恐るそのメールを開いた。


「メッセージ
ツバ、出るか?」


……出ないだろうな。
よし、じゃあこうしよう。
水を持っている人を探そう。そしてこう言うんだ。
この塩と水を交換してください。
返信してやるぜ。


すると数分後、新しいメールが届いた。


「件名 第二問 差出人 神」


……第一問はあれでよかったのか?
まあいい。つぎは第二問だ。わたしはメールを開いた。



「メッセージ
それでは第二問だ。
あなたの呼びかけに一人のデザイナーが現れた。そしてこう言った。
『水は持っているけど、塩はいらないのよね。
蜂蜜となら交換してあげるけど』
 さあ、どうする?」


ほう、なるほど。
わたしが水を飲むためには、蜂蜜を手に入れなきゃならない、
というわけか。


ならばこうだ。
蜂蜜を探しに森に入る。
返信。さあ、どう来る?


間髪入れずに新しいメールが届いた。


「件名 第三問 差出人 神」


「メッセージ
あなたは森へ入った。
そこには森の蜂蜜を牛耳る木こりがいた。あなたは言う。

『わたしは塩を持っています。
よかったら蜂蜜と交換してもらえませんか?』

 すると木こりはこう言った。
『おい小僧。そんなものはいらん。
この蜂蜜がほしければ、娘の喜ぶコアラのぬいぐるみを持ってこい』
さあ、どうする?」


コアラのぬいぐるみ?
つまり、わたしは水を飲むために、
木こりの娘の喜ぶコアラのぬいぐるみを探して蜂蜜と交換する。
その蜂蜜をデザイナーへ届けて水をもらう……。


ちょっと待て。頭を使え。
どこまで行こうが、わたしの持っているものは塩しかない。
塩のほしい人からしか、何かを交換することはできないのだ。
ならば塩のほしい人をまず集めた方がいい。
その中から水か、蜂蜜か、あるいはコアラのぬいぐるみを
持っている人を探せばいい。


宣伝をします。
塩のほしい人いないか?
返信!


新しいメールはすぐに届いた。


「件名 第四問 差出人 神」


「メッセージ
なるほど。いい発想の転換だ。
あなたが宣伝した結果、塩のほしい人が五人集まった。
しかし、水はおろか蜂蜜も
コアラのぬいぐるみも持っているやつはいない。
だが、その中に、
『どうしても塩がほしいから、この犬をやる』
と言って聞かないやつがいた。さあ、どうする?」


犬? 犬ねえ……。そうだな……。
まあ、犬は鼻が利く。
コアラのぬいぐるみはいざ知らず、
蜂蜜なら匂いを嗅がせれば見つけてくるかもしれない。


塩と犬を交換する。
そして森の木こりのところに戻って、
この犬に蜂蜜の匂いを嗅がせろと懇願する。
返信だ!


神様からは相変わらずハイペースで問題が送られてくる。


「件名 第五問 差出人 神」


「メッセージ
『まあいいだろう』
木こりは蜂蜜の入ったビンのふたを開けると、
あなたの犬はクンクンと匂いを嗅いだ。どうやら匂いを覚えた様子だ。
さあ、どうする?」


よしよし、いい子だ。
その調子で蜂蜜を探してくるんだぞ。よし、行ってこい!
わたしは犬をなでた後、勢いよく野に放った!


返信!


神様からのメールは続く。


「件名 第六問 差出人 神」


「メッセージ
あなたは勢いよく犬を放ったが、犬はここぞとばかり逃げ去った。
残ったのは犬をつないでいたヒモだけ。さあ、どうする?」


げ! あいつ!
頼みの犬が逃げてしまった……。
ヒモ? 使えんなあ……。
どうしようか……。
わたしは数分悩んでしまった。


すると神様からメールが届いた。なんだ、催促のメールか?


「件名 ヘルプ 差出人 神」


ヘルプまでしてくれるのか。やけに面倒見のいい神様だ。


「メッセージ
どんなに悪い状況になっても、あきらめてはいけない。
前向きに行動すれば、必ず活路は開けるものだ」


なるほど。励ましてもくれるわけだ。仕方ない。
ヒモのほしい人を探して町を歩きまわるか。
これで返信と。


するとすぐに新しいメールが届いた。


「件名 第七問 差出人 神」


「メッセージ
町を歩くあなたの耳に、大工のおじさんの声が聞こえてきた。
『ヒモほしいなあ。このクギとトンカチと交換してくれないか?』
さあ、どうする?」


……しかし、さっきから一向に水に辿り着く気配がない。
ここは交換するべきかどうか。
もし、ここでヒモを交換してしまったら、
後から水を持っている人がヒモをほしがっている場合に対応できない。
くそっ、どうすればいい……。


わたしはまた十分ほど返信できずにいた。


すると神様からメールが届いた。


「件名 ヘルプ 差出人 神」

来た、ヘルプだ。ここはいい助言を期待しよう。

「メッセージ
あなたは相手のほしいものを持っている。これは強みだ。
これを利用すれば、
あなたのほしいものも手に入りやすいのではないのかね?」


なるほど! さすがにいいこと言うぜ神様!
つまりこうだ。
大工のおやじにこう言うわけ。
オレは水か、蜂蜜か、コアラのぬいぐるみがほしい。
だから、それらを持ってきてくれたら、このヒモと交換してやろう。
返信!


テンポよく神様からのメールは続く。


「件名 見解 差出人 神」


「メッセージ
なるほど。
だが、いまの第七問の回答に点数をつけるとすれば、六十点だ。
なぜだかわかるかね?」


六十点? なぜだろう?
いいアイデアだと思ったが……。
言い方が偉そうだったのか?
わたしはまたまた数分メールを返せずにいた。


すると神様もまたまた助けの手を差し伸べる。


「件名 見解 差出人 神」


「メッセージ
相手の立場になって考えることが大切だ。
たとえば、あなたがさっき大工のおじさんに言ったことを、
逆に言われたとしたら、どんな気持ちになる?」


どんな気持ちだ?
……偉そうに、しかもケチ臭い。
困っているのに助けてくれよ……ぐらいか。


そうか、あまり相手は喜んでいないな……。
むしろヒモを交換してあげて相手を喜ばせつつ、
クギとトンカチを有効に使う方法を考えるべきだな。


……いや、思い切ってヒモをタダであげたらどうだ?
つまり、こういう男前な展開はどうか。


「あ、このヒモですか? もしよかったら、どうぞ使ってください。
差し上げます」
「え? いいの?」
「あどうぞどうぞ」
「助かるわ兄ちゃん! ありがとう! でも、何かお礼を……」
「いえいえ。そんな、いいんですよ」
 と笑顔で対応した後、さりげなくこう言うわけだ。


「……ちょっともののついでにお聞きしたいんですけど」
「おう! 何でも聞いてくれ」
「じつは、水か、蜂蜜か、
コアラのぬいぐるみを探しているんですけど、
どなたかお持ちの方、ご存知ですか?」

こうすれば、大工のおやじは
親身になって協力してくれるにちがいない。
もし望むものが手に入れられなかったとしても、
この大工のおやじは今後わたしの味方になってくれるはず。
よし、この方法で行こうか!
返信!


神様からメールが届いた。


「件名 第八問 差出人 神」

「メッセージ
あなたのその対応で、大工のおじさんはこう答えた。
『ちょっと知り合いにあたってみるわ。
見つかったら連絡するから、兄ちゃんの住所教えといてくれ』
 こうしてあなたはヒモを渡し、大工のおじさんと住所を交換した。
さあ、どうする?」


……どうしよう?
ヒモをタダでやってしまったから、
手持ちがなくなってしまったじゃないか。
大工のおやじの住所なんてどう使えばいい?


よし、町で宣伝をしよう。
大工のおやじの住所を教えますから、
水か、蜂蜜か、コアラのぬいぐるみをください。
返信!


「件名 第九問 差出人 神」


「メッセージ
だれも寄って来ない。
さあ、どうする?」


……見返りを求めている姿勢がよくないのか。
よし、それならこの宣伝でどうだ?
腕のいい大工のおじさん、ご紹介します。
そう、ただ紹介するだけという奥ゆかしさで、
寄ってきたところを仲間にしてしまう。
よし、返信だ!


神様からのメールは続く。


「件名 第十問 差出人 神」


「メッセージ
だれも寄って来ない。
さあ、どうする?」


……うーむ、世間は厳しいな。
仕方ない。
とりあえず、大工のおやじのところに行ってみよう。
こんにちは、おじさん。
この間の件、何か進展はありました?
返信!


しかし、なかなかつきあいのいい神様だ。



「件名 第十一問 差出人 神」


「メッセージ
 おじさんは答えた。
『それが、だれもおらんのや。ごめんな兄ちゃん……』
さあ、どうする?」


……ダメだ。
急に問題が難しくなった。
この壁を乗り越えるにはどうしたらいいんだ?
水だ。とにかく水をくれ。


こうなったらなりふりなんて構わんぞ。
クギとトンカチを大工のおやじから借りよう。
そして、とにかく必要な所にクギを打とう。
だから水を、もしくは蜂蜜か、コアラのぬいぐるみをくれ。頼む!
返信!


「件名 第十二問 差出人 神」


「メッセージ
だが、道行く人々は口々にこう囁いた。
『クギ打ちは、もうこの町には必要ない』
『水をもらおうなんて、甘いわな』
さあ、どうする?」


……絶対あきらめないぞ。
いや、いいクギを打ちますよ。いい音出ますよ。
もっと言えば、クギを打った後、このトンカチで肩も叩きますよ。
効きますよ。だから水をください。お願いします!
返信!


「件名 第十三問 差出人 神」


「メッセージ
『肩叩き? そんなものは間に合ってる』
さあ、どうする?」


……だめだ。
オイラ、ここで干からびて死ぬんかな?
ああ、いまから思えば何もできなかったし。
失敗ばかりのつまらない人生だったな。


……でも、悪いことばかりでもなかったかな?
これまで会ってきたみんな、元気にしてるかな?
思えばそれなりにいい人生だったのかもな。
あ〜あ、なんかつまんねえ……。


神様からメールが届いた。


「件名 まあまあそう落ち込まずに 差出人 神」


「メッセージ
人生なんて失敗だらけやで。
そやけど失敗はな、チャレンジした証拠なんや。
もっと言うたら、失敗かどうかもアンタ次第や。
失敗やおもとることも失敗やない。
おまえさんの夢を叶えるための単なる通過点や。
悪いことばかりの人生やないし、みんなもきっと元気にしとる。
ほーら、さっきの犬も戻してやるから。
コラ! しっかりせい!」

……なんかむかつくんですけど。
ま、そうだな。よし、もう一度やってみるか。
肩の力を抜いて、いったんリラックスだ。


犬が帰ってきたな。
せっかく戻ってきてくれたし、名前をつけるか


よし、おまえの名前はチャンス!
オレにチャンスを運んで来い! 頼むぜ!
……ついでに犬小屋も作ってあげたりしてね。



ん? 犬小屋! そうだ!
大工のおやじに協力してもらおう。
きっと協力してくれるはずだ。


材料はどうする? あ、そうか。
森に住む木こりのおやじに、木を分けてもらおう。
どうやって?
木こりのおやじを喜ばせてあげたらいいわけだ。


どうしたら喜ぶ?


お! これどうだ?
デザイナーの人がいただろ?
あの人にも協力を依頼して、
お洒落な犬小屋をデザインしてもらう。 
そうしてみんなでいい感じの犬小屋を作る。
そうしたらみんな喜んでみんな味方になってくれる!
チャンス、おぬし、なかなかやる!
もうちょっとしたら、いい犬小屋作ってやるから待ってろよ。
これで返信!


神様からのメールが届いた。


「件名 ワハハー 差出人 神」


「メッセージ
 そのような創意工夫、仲間との協力、
そしてあなた自身から発する喜びの感情。
それらはすべてあなたの夢を叶える大切なツールなのだ。


 あなたのプロデュースした犬小屋で、
 デザイナー、木こりの親子、大工のおじさん、チャンス、
みんなが喜んだ。


あなたはこの物語で関係するすべての人を喜ばせた。
 それどころか、犬小屋の評判を聞いた多くの人が、
 あなたと仲間が作る犬小屋を求めてやってきたのだ!


 あなたは大勢の中の一人からコアラのぬいぐるみを譲ってもらい、
 木こりの娘さんにプレゼントした。
娘さんはさらに大喜びだ。
そんな娘さんの姿を見て、
木こりのおじさんは本当に感謝して蜂蜜を山ほど分けてくれた。
その蜂蜜をデザイナーにも山ほど差し出したあなたは、
とうとう水を手に入れたのだ」


お、やった! やったぞ!
喉渇いて死にそうだったからな! ほんとに苦労したぜ。
いったいどれくらい時間がかかったんだ? まったく。


「延べ五日」


……死んでるんじゃないのか? まあいいか……。


とにかく、ありがとう神様。
わたしは返信した。


「件名 第一問 差出人 神」


あれ? 第一問?
また最初からやるの?
わたしはメールを開いた。


「メッセージ
 夢を叶える法則がわかったかね?」


え? 夢を叶える法則?


「件名 第一問 ヘルプ 差出人 神」


「メッセージ
 ひとつめの問題演習は終わった。
次は、あなたの本当の人生をどうするかだ。
あなたは夢を叶える法則をさきほどの演習で学んだはずだが?」


夢を叶える法則?
あれ、どんな法則だっけ?


「件名 第一問 ヘルプ 差出人 神」


「メッセージ
さきほどからのメールを読み返してみたまえ。
あなたが水を飲めたとき、
すなわち、願いを叶えたとき、まわりの人の願いはどうなっていた?」


まわりの人の願いは……、叶っているよね。
そうか、自分だけ願いを叶えることはできない、ってことか……。
みんなの願いをつなぎあわせたとき、みんなの願いが同時に叶う。
そういうことか!
返信!


「件名 第二問 差出人 神」


「メッセージ
なかなかすばらしい答えだ。わたしならこう言おう。
夢を叶える法則。それは、
相手の願いを叶えてあげなさい、ということだ。
わかったかな?


おお、なるほど。なかなかステキな話じゃないか。
わたしは夢を叶える法則を身につけた気がした。


「件名 わたしの夢について 差出人 神」


ん? 神様にも夢があるのか?


「メッセージ
最後にひとつ。
わたしの夢。それは、
あなたがすばらしい人生を送ってくれることなのだ。
あなたなら、わたしの願いを叶えてくれると確信しているよ。
それでは元気で。サイナラ」


あれ? いきなりサイナラ?
ちょ、ちょっと待てよ!
返信! 返信!


しかし、これ以上、神様からの返事は来なかった。
わたしは意外にも淋しくなった。


……しかし、わたしには神様とやりとりしたメールが残っている。
これはなかなかいい。
神様からの教えのとおり、
多くの人を喜ばせて、みんなでみんなの夢を叶える。
これができたら、ちょっと男前だぞ。
そして神様が夢と言ってくれた、すばらしい人生をわたしは送るのだ。
そう考えると、悪くないな、人生。
……神様、ありがと。



この経験をしてから一年後、わたしの夢は決まった。
わたしが神様から大切なことを教えてもらったように、
未来の自分から過去の自分へeメールが打てる仕組みを作ろう、
と決めたのだ。


なぜそう決めたのか。
未来の自分からのアドバイスは、
あのときの神様からのアドバイスのように、
だれにとっても人生の大きな財産になるだろうと考えたからである。
つまり、「よりよい人生を送るための指針がほしい」という
みんなの願いを叶えるのだ。


そうしてわたしはあのときの演習問題のように、
たくさんの人に助けられながら、たくさんの困難を乗り越えて、
ようやくその試作品を完成させた。
気がつけば二十年の月日が流れていた。


ちょっと待てよ……。
この試作品は当然テストをしないといけない。
つまり、わたしは過去のわたしにeメールを送るのか?
どんなeメールを送る?


しばらく考えたわたしは、
eメールのタイトルと差出人の名前をこのように作成した。


「件名 あなたの願い叶えます 差出人 神」


わたしはこれから過去の若いわたしを激励し、
すばらしい人生を送るアドバイスをしようと思う。
それは昔、神と名乗る未来の自分からeメールで受けたアドバイスだ。
差出人が神とはおこがましい話だが、
若い頃のわたしにインパクトを与えるには
これぐらいの荒療治が必要だ。


わたしは声を大にして若い頃の自分に言おう。
夢は叶えることができるんだ、ということを。


【効能】 夢と希望を忘れた心
posted by marl at 02:18| Comment(0) | TrackBack(1) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月18日

空でうたたね物語 目次

空でうたたね物語


その1.「じゃんけん三国志」
不思議な三国動乱の時代に生を受けたあなた。
どんな失敗をしても知恵と体力を振り絞って生き抜く!


その2.「はじまりのはじまり」
あなたはすべてを知り、宇宙を作る神になる。
そんなあなたがただひとつ知らなかったこと。その答えがわかるかな?


その3.「祈って走って」
祈り続けるあなたの横をずっと走り続ける男。
その男の意外な過去にあなたはどんな未来を描く?


その4.「未来からの使者」
科学技術の粋を駆使して未来からやってきたあなた。
人類の科学文明をこきおろした挙句の結末は?


その5.「蝸牛の気持ち」
あなたはほかの生物へと進化したい一匹のカタツムリ。
そんなあなたに隣の友は大切なことを語るが……。


その6.「天国か地獄か」
あなたは地獄の閻魔のもとにやってきた。
判決を待つあなたに閻魔が告げた真実は意外なものだった?


その7.「教えてください」
世界で苦しむ人々を救う先生に弟子入りしたあなた。
先生は奥ゆかしくあなたを導いているようだが……。


その8.「悪気はなかった」
見つけたものは燃えて死す?
そんな伝説をも怖れずに鬼を探そうと挑むのは、
あなたが生み出した人間だった!


その9.「八番目の大賢者」
王国の治安悪化に奮闘するあなたの前に現れたのは伝説の大賢者。
いったいどんな策を繰り出すのか?


その10.「預言者はどっちだ」
この地から争いをなくすために、三百年に一度現れるふたりの預言者。
あなたは世界を平和にできるか?
posted by marl at 22:23| Comment(2) | TrackBack(2) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

預言者はどっちだ

1.預言者ふたり現る


ある国に、預言者と呼ばれる者が二人現れた。


ひとりは国の東側で多くの民衆の支持を受け、
「イースト」と呼ばれた。


もうひとりは国の西側で同様に名を馳せ、
「ウェスト」と呼ばれた。


イーストとウェスト、どちらが本当の預言者なのか。
世論はまっぷたつに割れた。


その噂は、国王の耳にも届いた。
国王も、どちらが本物なのか疑問を持った。


「二人を闘技場に呼べ」


国王は二人を大きな闘技場に呼び寄せ、
多くの民衆の前で議論をさせようとした。

 
決戦が始まった。


まずイーストは、闘技場を埋め尽くす民衆に向かって問いかけた。


「人類は昔から争いばかりしてきた。そうだろう?」


「そうだそうだ」


「そして、その争いに勝った者が子孫を残してきた」


「そうだそうだ」


「ゆえにわたしたちは、争ったやつらの子孫であり、
 争いを好む遺伝子を持っている。
 そして、その遺伝子は時代を追うごとにますます研ぎ澄まされ、
 未来は争いだらけになるだろう!」


「やっぱりそうかあ!」 


これをじっと聞いていたウェスト。
しばらくして、闘技場の中央で叫んだ。


「果たしてそうだろうか!」


 そして、闘技場の民衆に問いかけた。


「たしかに、人類は昔から争いばかりしてきた。そうだろう?」


「そうだそうだ」


「そんなやつらはまちがいなく早死にする」


「そうだそうだ」


「ゆえにわたしたちは、争わなかったやつらの子孫であり、
 争いを好まない遺伝子を持っている。
 そして、その遺伝子は時代を追うごとにますます研ぎ澄まされ、
 未来は平和で充たされるだろう!」


「な、なるほど〜」


闘技場の民衆は、東側も西側も一斉にウェストを支持した。
イーストも思わず言った。


「なるほど〜」


ウェストは勝ち誇ったように言った。


「やっとわかったか。この偽預言者め。
 おまえのような思想を持つ者を生かしておくと、
 この国の将来に禍根を残すであろう」


そう言うやいなや、
ウェストは腰の剣を勢いよく抜いたかと思うと、
あっという間にイーストをまっぷたつに斬り下げた。


ウェストは剣を高く掲げて叫んだ。


「平和の世がきたれり!」


国王は言った。


「あっぱれウェスト。
 なんじこそ、偽の預言者から国を守った英雄じゃ!」


名声を上げたウェストは、国王の側近として登用された。


しかし数年後、権力を握ったウェストは国王を追放、
自ら王となりウェスト王国を建国、
その親族は権力を独占し、栄華をきわめた。


しかしさらに数十年後、ウェスト王は暗殺され、
子孫は血で血を洗う権力争いを繰り広げた。


そこへ北のノース帝国が、
内乱に乗じてウェスト王国に攻め込んだ。
あっけなく国は滅び、ウェストの一族は滅亡した。


そして時代は過ぎ、ひとときの平和が訪れた。


人々の間では、議論が絶えなかった。
イーストとウェスト、いったいどっちが正しかったんだろう? 


ウェストさ。
ウェストの一族は争いが好きだったんだ。
だからウェストの一族は早死にした。
そしていまの平和がある。
つまり、ウェストは身をもって持論を証明したのだ。


いや、イーストさ。
ウェストはたしかに争い好きで滅びたが、
天下を制して生き残ったのは、
これまた争いで勝ったノース帝だ。
結局、争いを好む者が最後には生き残るのさ。


こんな議論だけなら良かったが、やがて人々は、
どちらを支持するかという意見の対立から、
お互いを憎しみ合い、命を奪い合う激しい争いをまた始めてしまった。


そこにひとり、今度は未来を予言する者が現れた。


「あの預言者たちが現れてから三百年後、真の預言者が現れる。
 その者はこの地の混乱を鎮め、世界に真の平和を築くであろう」


そう言ったこの男は、
自分の信念を貫いて様々な予言を行ったが、
当時の社会に影響をおよぼすようになったため、
ノース帝の命で抹殺された。




2.預言者再び現る


そして三百年の時がすぎた。
そして予言は的中した。


この地に再び、預言者と呼ばれる者が現れたのである。
しかも、また二人であった。


ひとりは国の東側で多くの民衆の支持を受け、
「イーストの再来」と呼ばれた。


もうひとりは国の西側で同様に名を馳せ、
「ウェストの再来」と呼ばれた。


どちらが本当の預言者なのか。
世論は三百年前と同様、またまっぷたつに割れた。


その噂は、三百年前と同様、国王の耳にも届いた。
国王もどちらが本物なのか疑問を持った。


「二人を闘技場に呼べ」


国王は、三百年前と同様、二人を大きな闘技場に呼び寄せ、
多くの民衆の前で議論をさせようとした。


そして再び、決戦が始まった。


まずイーストの再来は、
闘技場を埋め尽くす民衆に向かって問いかけた。


「人類は昔から争いばかりしてきた。そうだろう?」


「そうだそうだ」


「その争いを生き残ったやつらは、
 争うときには争って勝ち、平和なときには平和に暮らした。
 だから生き延びたのだ」


「そうだそうだ」


「ゆえにわたしたちは、したたかな遺伝子を持っている。
 そして、その遺伝子は時代を追うごとにますます研ぎ澄まされ、
 未来はせちがらく、住みにくい世になるだろう!」


「やっぱりそうかあ!」


これをじっと聞いていたウェストの再来。
しばらくして、闘技場の中央で叫んだ。


「果たしてそうだろうか!」


そして、闘技場の民衆に問いかけた。


「これまでの戦乱で、多くの人々が死んだ。そうだろう?」


「そうだそうだ」


「死んだやつらは、争いを好むやつもいれば、
 平和を好むやつもいた。共通するのは、不運だったということだ」


「そうだそうだ」


「ゆえに生き残ったわたしたちは、幸運な遺伝子を持っている。
 そして、その遺伝子は時代を追うごとにますます研ぎ澄まされ、
 未来は幸運に包まれるだろう!」


「な、なるほど〜」


闘技場は、東側も西側も、一斉にウェストの再来を支持した。
イーストの再来は言った。


「こ、これはもしや後攻が有利なのでは?」


ウェストの再来は勝ち誇って言った。


「やっとわかったか。この偽預言者め。
 おまえのような思想を持つ者を生かしておくと、
 この国の将来に禍根を残すであろう」


そう言うやいなや、
ウェストの再来は腰の剣を勢いよく抜いたかと思うと、
あっという間にイーストの再来をまっぷたつに斬り下げた。


と思ったつぎの瞬間、
剣は高い音を響かせてまっぷたつに折れ、空高く舞い上がった。
イーストの再来は言った。


「こんなこともあろうかと、服の下に鎧を着ておいたのだ」


「なんと、したたかなやつ……」


そして折れて舞い上がった剣は、ウェストの再来の頭に落ちてきた。


「なんと、不運なやつ……」


イーストの再来は鎧を脱ぎ、それを高く掲げて叫んだ。


「せちがらい世がきたれり!」


「な、なるほど〜」


闘技場は、東側も西側も、今度は一斉にイーストの再来を支持した。


国王は言った。


「あっぱれイーストの再来。
 なんじこそ、偽の預言者から国を守った英雄じゃ!」


名声を上げたイーストの再来は、国王の側近として登用された。


しかし数年後、イーストの再来は国王をしたたかに追放、
自ら王となりイースト再来王国を建国、
その親族は権力を独占し、栄華をきわめた。


しかしさらに数十年後、
イーストの再来はせちがらく暗殺され、
子孫は血で血を洗う権力争いを繰り広げた。


そこへ南のサウス王国が、
内乱に乗じてイースト再来王国へしたたかに攻め込んだ。
あっけなく国は滅び、イーストの再来の一族は滅亡した。


そして時代は過ぎ、ひとときの平和が訪れた。


人々の間では、議論が絶えなかった。
イーストの再来とウェストの再来、
いったいどっちが正しかったんだろう?


ウェストの再来さ。
ウェストの再来は、とにかく運がなかったよ。
だから、折れた剣が自分の頭に刺さって死んでしまった。
つまり、ウェストの再来は身をもって持論を証明したのだ。


いや、イーストの再来さ。
ウェストの再来はたしかに不運だったが、
イーストの再来が幸運だったわけではない。
したたかに鎧を着こんでいたから助かったのだ。
そして結局、したたかなサウス王が国を取った。
結局、したたかなやつが最後には生き残るのさ。


こんな議論だけなら良かったが、
やがて人々は、どちらを支持するかという意見の対立から、
お互いを憎しみ合い、命を奪い合う激しい争いをまた始めてしまった。


そこにひとり、また未来を予言する者が現れた。


「あの預言者たちが現れてから三百年後、真の預言者が現れる。
その者はこの地の混乱を鎮め、世界に真の平和を築くであろう」


そう言ったこの男は、自分の信念を貫いて様々な予言を行ったが、
当時の社会に影響をおよぼすようになったため、
サウス王の命で抹殺された。




3.預言者三度現る


そしてまた、三百年の時がたったのである。


この地には新しい王がいる。


「そろそろ預言者が現れる年だな」


国王は側近であるわたしにふとつぶやいた。


でも、預言者って何なのですか? わたしにはよくわかりません。


すると国王はニカッと笑った。


「言葉でな、すべての人々を幸せにする者を、預言者というのだ」


そんなことができますか?


「それができたら、奇跡だな。
 ゆえに預言者とは、神から言葉をあたえられた者、という意味なんだ。
 でも、もしそんな言葉があるとすれば、探してみたいとは思わないか?」


探す、のですか?


「そう。どんな言葉も文字の組み合わせで表現できる。
 そうすると、世界を幸せに導く言葉は、案外あるかもしれんぞ。
 みんなが発見していないだけで」


なるほど。それはおもしろい考え方ですね。


「だろう? まあ言ってみれば、眠る魔法だよ。
 魔法の呪文が、数十文字の無限の組み合わせの中に眠っているのさ。
 その呪文を見つけ出して唱えさえすれば、世界が変わる。
 その綴り方を知っているのが、預言者なのさ」


でもわたしには、むしろ逆のように思えてなりません。


「?」


だって国王、この地には、
古くから預言者と呼ばれた者が四人も現れましたよ。
しかし彼らは、すべての人々を幸せにすることは
できなかったと言っていいでしょう。


「……」


それどころか、自分の信じる預言者が正しい、
優れていると、人々は争いを始めました。
意見のちがいはちがいとして、
お互いを認め合って暮らすことができなかったのです。


「みんな仲よくせなアカンな」


しかしながら、彼らの説くところはどれも一理あるものばかりでした。
いったいだれが正しかったのでしょう?


国王は少し考えた後、言った。


「みんな正しいことを言ったのかもしれんな。よし」


突然国王は、眉間にしわを寄せて胸をはり、
威風堂々たる預言者のポーズを取った。


「人類は昔から争いばかりしてきた。そうだろう?」


わたしは国王のこういう遊び心が大好きである。
わたしはニヤリと笑って囃し立てた。


そうだそうだ!


「なぜ争ってきたのか。それは、いろんな種類の人間がいるからだ」


そうだそうだ!


「幸運な者あれば不運な者あり。
 したたかな者あれば素直な者あり。
 争いを好む者あれば平和を望む者あり。そうだろう?」


そうだそうだ!


「ゆえに歴史は、繰り返しの遺伝子を持っている。
 そして、その遺伝子は時代を追うごとにますます研ぎ澄まされ、
 未来は過去の繰り返しとなるだろう!」


な、なるほど! やっぱりそうかあ〜!


「……よし、つぎはおまえさんの番だ」


は? わたしが?


「バカモン。この地は古来より預言者が二人ずつ現れる。
 二人目をやらんか」


いや、それは無理です。何しろ本番に弱い。


「何が本番だ。こういうのを茶番というんだ。適当にやってみな」


さらに国王は釘を刺した。


「わかっているだろうが、この預言者対決は、
 まったく正反対の意見を言わなきゃならんぞ。
 それでいて、説得力がないといかん」


……はあ、では、まあひとつ。


「お」


わたしは頭をかきながら、弱々しく預言者のポーズを取った。


人類は昔から争いばかりしてきた。そうだろう?


国王はとても楽しそうだ。


「そうだそうだ」


なぜ争ってきたのか。それは、いろんな種類の人間がいるからだ。


「そうだそうだ」


だがそいつらはみんな、海から生まれ、陸に上がり、
気の遠くなるような年月をかけて、
人間へと進化したものばかりだ。そうだろう?


「そうだそうだ」


ゆえに歴史も、進化する遺伝子を持っている。
そして、その遺伝子は時代を追うごとにますます研ぎ澄まされ、
未来はより良いものへと必ず進化するであろう!


「……なるほど。まあまあだな」


……まあまあ、ですか? 


「まあひょっとすると、また預言者が現れるかもしれんな。
 そのときは、闘技場に人を集めてみようか」


そしてその日から数ヵ月後のことである。


国中に噂が駆け巡った。
なんとこの地にまたまた、
預言者と呼ばれる者が二人現れた、というのである。


わたしは王の間のドアをバンッと跳ね開けて中に駆け込んだ。


国王! 予言が的中しました!
現れたそうです! 本当に、預言者が現れました!


鼻毛を切っていた国王は、ニヤニヤしながら言った。


「きよったか?」


はい! しかも聞いてください。
ひとりは国の東側で多くの民衆の支持を受け、
『イーストの再々来』と呼ばれているそうです!


「そしてもうひとりは、国の西側で同様に名を馳せ、
『ウェストの再々来』と呼ばれているのだろう?」


そのとおりです。よくご存知で。


「それぐらいわかるわ」


国王は片方の鼻の穴を親指で押さえて、
フンと勢いよく鼻毛を飛ばした。


わたしは急かすように言った。


もちろん、呼ぶのでしょう? 慣例に倣って闘技場に。


すると国王は不敵な笑みを浮かべながらわたしに言った。


「おいおい、
『歴史は、進化する遺伝子を持っている』と言ったのは、おまえさんだろう?
 慣例に倣えば、それは進化ではない。繰り返しじゃないか」


ええ? それでは呼ばないのですか?


「……フッフッフ、今度の日曜日、闘技場だ」


呼ぶのですね。やった!
わたしは声を弾ませた。ワクワクしますね?


「そうだな」


国王はニタニタ笑っている。


「それがな」


国王はいたずら小僧のように目を輝かせて言った。


「じつは預言者は、ひとりしかいなかったんだ」


え? そうなんですか?


「最初にひとり、国の東側で噂になった人物がいたんだ。
 けれど、そのひとりだけだったんだ」


でも、わたしは二人いると聞きましたよ?


「そうだろう。だから仕方なく噂を流したのさ。ワシが」


ええ? どういうことですか?


「ウェストの再々来は、おまえがやれ」


げ、げええ!


「心配ない。
 おまえさんはなかなかいい言葉を持っていると思うよ。
 来週の日曜日、世界に魔法をかけてみないか?」


そ、そんな、できませんよ!


「大丈夫。歴史的には有利な後攻だ。
 まあ危なくなったら助けにいくからさ」


国王は、ニカッと笑った。


翌日、国王はなかば強引に国中へ発令を出した。


「二人を闘技場に呼べ」




そして運命の日曜日。三度目の決戦が始まった。


イーストの再々来と呼ばれる男は、
過去の対決から学んだのか、頭の先からつま先まで全身を鎧で固めていた。


そんなに防備を固めなくてもいいのに……。
よほど警戒しているな。
ウェストの再々来、すなわちわたしはそう思いながら、
イーストの再々来と対峙した。


「さあ、そろそろ行こうか? ウェストの末裔さん」





イーストの再々来は不敵にわたしに語りかけた。
この余裕……。わたしは背筋に戦慄が走るのを覚えた。


そして、民衆に埋め尽くされた闘技場の真ん中で、
イーストの再々来はその戦いの火蓋を切った。


「人類は昔から争いばかりしてきた。そうだろう?」


「そうだそうだ」


「なぜ争ってきたのか。
 それは、人間が生きるために足りないものを
 獲得しなければならない動物だからだ」


「そうだそうだ」


「その争いを繰り返すことで、わたしたちは進化をしてきた。
そうやっていままで生き延びてきたのだ」


「そうだそうだ」


「ゆえにわたしたちは、争いながら進化する遺伝子を持っている。
 そして、その遺伝子は時代を追うごとにますます研ぎ澄まされ、
 未来は争いと進化を繰り返すことになるだろう!」


「やっぱりそうかあ!」


「すなわち、世界に平和は来ない!」


イーストの再々来は力強く断言した。


これをじっと聞いていたウェストの再々来、すなわちわたし。


どうしよう。世界に平和は来ないだって?


たしかにアンタの言うことはまったくそのとおりだ。
人類の歴史上、平和が来た試しはないよ。
でも、だから何なんだ。
人々を幸せにしなけりゃ、世界を平和にしなけりゃ、
預言者とは言えないんだぞ。


わたしは腹をくくって、闘技場の中央で語り始めた。


たしかにそうかもしれない。

けれど、わたしたちがほしいと思うものは、
何もお金や食べものだけではないよね?
エネルギーや領土だけではないよね?


「……」


平和は、ほしくないかい?


「……」


闘技場は静かになった。


なぜ争いを繰り返すのだろう?


それはたしかに、
必要なものが足りていないと思っているからなんだ。
だからみんな、不安になって争い、それが原因で憎しみあってきた。


「……」


だから本当は、耳を澄ましてお互いに何が足りないのか
よく聞かなきゃならないのに、
みんな自分の主張ばかりを通して、人の話を聞こうとしないんだ。
そして逆に、自分の話を聞かない連中を不要なものとして排除しようとする。


「……」


そうやって世界はずっと争いを続けてきて、
傷つけあい、憎しみあってきた。
けれど、もうその争いも限界まできてしまった。
もうわたしたちはケンカをやめなければ、
生きることさえできなくなる。


「……」


だからわたしたちは、あらゆる足りないものを、
奪いあうのではなくて、補いあう必要があるんだ。


「……」


もし、わたしたちが本当に平和を必要とするならば、
わたしたちはいままでとはちがう、新しい進化を始める。


わたしたちは争うことをやめて、
平和を得るために、お互いに耳を澄まし始める。
相手の言うことを耳で聞こうとする。
そして理解しあい、充たしあう。


「……」


すると、平和がきっとやってくる。
いつかきっと、そう思うんだ。


みんな聞こえているかい?
オレはそう思うんだ!
だってみんな、みんな仲間やないか!


闘技場を静寂が包んだ。


……だめか?


しばらくの沈黙の後、闘技場が静かに揺れ始めた。


「……そうだ」


「……そうだよ」


「そうだそうだ!」


「な、なるほど〜」


そして闘技場は、東側も西側も、一斉にわたしを支持してくれた。
あ、やった……。やった!
わたしは割れんばかりの大歓声に包まれた。


そこへ静かに声をかけたのは、イーストの再々来だった。


「耳を澄ましても、みんな文句ばっかりかもしれんぞ?」


え? その声は?
イーストの再々来は兜を脱ぎ始めた。
すると兜から出てきたものは、見たことのあるだれかの顔だった。


こ、国王!


「まったく、おまえさんには負けるよ」


国王はニカッと笑った。


わたしは国王の笑顔を見ると涙があふれてきた。
そしてついには、国王に抱きついて泣いたのだった。



預言者はどっちだ 終
posted by marl at 22:13| Comment(1) | TrackBack(0) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月05日

八番目の大賢者

1.賢者募集のお触れ書き


「……足りない」


唇をへの字にした宰相は、
席を立っては落ち着かなく部屋を歩き、
また座っては頭を抱えた。
これはきっと性格である。


「……牢屋が」


 そこへひとりの衛兵がやってきた。


「またです宰相。今日も百人ほど引っ張られてきました。
 もういっぱいで入れませんよ?」


「……またか」


「まったく、最近は犯罪が増える一方ですね」


「おまえさんはこの原因を何だと思う?」


「やはり、国王が出張で留守だからではないでしょうか?」


「……やはりそう思うか?」


「はい」


なるほど。この国の王はいま留守なのか。
それで悪いことをする連中が増えている、というわけだ。


宰相は腕組みをしてため息をついた。


「まったく、民衆というものは難しい。
 ちょっと王がいなくなるとすぐこれだ。
 いっそのこと、刑をうんと厳しくするかね?」


「入れる牢屋がありませんよ。刑を厳しくする前に、牢屋を増やしていただかないと」


「増やそうにも資金がないのだよ」


「じゃあ逆に刑期をうんと短くして、回転率を上げたらどうでしょう?」


「どれぐらいにするのだ?」


「思い切って、五時間」


「却下だ。短すぎる」


「いや、その五時間を狭い部屋に立ちっ放しにするんです。
 意外に苦痛で、場所も取らない。
 受刑待ちもすぐ解消されますよ?」


なかなかいいアイデアじゃないか。
けれど、宰相は相変わらずのしかめ面だ。


「だめだめ。
 そんなことをしたら悪いことをするやつがどっと増える。
 せっかく回転率を上げた牢屋も行列のできる店のようになる。
 そうなったらどうするね?」


「店舗を増やします」


「……何の店だね?」


「そうだ。最近、王子が勉強をしていると聞きます。
 何かいい方法を考えてくれるかもしれませんよ?」


宰相は首をかしげながらわたしを見た。


「王子、さっきから黙っていますが、
 何かいい方法はありますかの?」


なるほど。わたしは王子ということらしい。


よし、こうなったら悪人を一網打尽にして、
この国をよくしようじゃないか。
わたしは無邪気にそう言った。


「だから、どうやって?」


こういうことは賢い人に聞くべきである。
ちょっと紙と墨を持ってきてくれないか?


「紙と墨、ですか? わかりました」


衛兵が紙と墨を持ってくると、
わたしはさらさらとお触れを書いた。


最近、王国で悪いことをする人たちが増えている。
だから、悪い人たちを一網打尽にする方法を募集する。
うまくいったらお礼する。


これでよし!


「これでよしって、何ですこれは?」


お触れである。これ、城門に張っておいて。
すると宰相は噴き出した。


「王子。失礼ながら、こんなものが通用するとお思いですか?」


まあ、何事もやってみないとわからないのである。




2.大賢者の登場

 
果たして二日後。


城にある男が現れた。衛兵が報告にやってきた。


「王子! 現れました!
 悪人を残らず退治できる方法を知っているとのことです」


やっぱり世間は広い。


「ハチバンと名乗っております」


「な、何ですとおお?」


宰相はあわてて聞き返した。だれだハチバンって?


「王子!
 もし本物であれば、われわれは大変ついていますよ。
 ハチバンというのは、伝説の大賢者です」


変な名前だな。


「そうなんです。
 由来はずいぶん昔にさかのぼりますが、
 西洋に七賢人と呼ばれる賢い人たちがいました。
 東洋でも七賢と呼ばれる賢い人たちがいました。

 その西洋と東洋の賢者十四人を教えたのはひとりの大賢者だった、
 というウソみたいな伝説があるのです。

 それが『八番目の大賢者』。

 そして、その血を継ぐ賢者のことを、
 八番目の大賢者の末裔ということで、
 ハチバンと呼ぶようになったのです。

 そのハチバンが、わが城に訪れてくださったのですよ!」


面白い展開になってきたぞ。じゃあ、さっそく来てもらおうか。


「わ、わかりました!」


衛兵は大きな体を揺すりながらハチバンを呼びに戻った。


しばらくして、衛兵は杖をつきながら歩く
背の曲がった小柄なじいさんを連れてきた。


おじいちゃんがハチバンさん?


「はあ。そうですのじゃあ」


わざわざ来てくれてありがとう。


「ふぉっふぉっふぉ」


すごい賢者なんだって?


「そうでもないがの」


宰相は微笑んでハチバンを迎え入れた。


「よく来てくださいました。
 ご謙遜なさらずともよいですよ。
 ハチバンの伝説はよく聞いております。
 これほど力強いことはございません。
 どうかあなたの偉大な知恵をお借りしたいのです」


わたしはハチバンに説明した。


張り紙にも書いたけれど、
最近悪いことをする人が増えているんだ。


「はあ」


でもやっぱりわたしは、この国をいい国にしたいと考えている。


「へえ」


そのためには、悪いことをする人を捕らえなければならない。


「はあ」


だけど、すべての悪人を捕らえるのは不可能だ、と思う。


「へえ」


そこで教えてほしいんだ。どうしたらいいと思う?


「……ご意見、ごもっともじゃ。
 しかしながらのう、すべての悪人を捕まえる必要はござらん」


というと?


「この国で最も悪い者を捕らえればよいのじゃ。
 そうすれば悪いことをしようとする者も、
 次第にその心を失っていくものじゃ」


なるほど!
つまり、悪の親玉を封じ込めればいいわけだ。


しかし、どうしたら悪の親玉を捕まえることができるのか?
宰相も口を挟んだ。


「そうです。もしできるなら、
 見つけ出してひっつかまえてきてほしいものです」


「心得ておる」


自信のありそうなハチバンに対して、宰相は続けて言った。


「ただし、悪の親玉の決定方法は、
 誰が聞いても納得のいくものでなくてはなりませぬ。
 決定方法は、賢者であるハチバン殿に任せようと思いますが、
 いかがでしょうか?」


「承知いたした。すでに名案があるわい」


「ほう。どんな案ですか?」


ハチバンは説明した。


「まずこの国の者に、
 こいつは最悪だと思う者の名を挙げてもらうんじゃ」


「ほう」


「そうして名前が挙がったすべての悪人に、
 だれが最悪か、その名前を挙げてもらうんじゃ」


「な、なるほど!
 世間の名だたる悪人に、だれが最悪かを聞くのですな。
 すると悪人中の悪人がわかる! これは名案じゃ!」


「まずは五日ほど時間がかかる。よろしいかの?」


こうしてハチバンは、悪の親玉を捕まえるべく、
国内をヨタヨタと歩きまわった。




3.一網打尽の計


五日後、わたしたちとハチバンは再び会った。


「これはこれはハチバン殿。調査の方はどうでしたか?」


宰相が尋ねると、ハチバンは力強く何度もうなずいた。


「やはり、思ったとおりじゃの」


わたしは思わず身を乗り出して尋ねた。
で、最悪の男はいったいだれだったの?


「国中の者に聞いたところ、
 たくさんの悪人の名が挙がりおった」


うん。


「その悪人たちに、だれが最悪と思うか聞いたのじゃ」


そ、そうしたら?


「そうしたらみんな、『おれが最悪だ』と言ってはばからん」


……ええ?


「しかしご心配あるな。
 ここからが本領発揮じゃ。
 すでに悪人どもを一網打尽にする手を打ってある」


ええ? どんな手?


「今回名前の挙がった悪人どもを集結させ、
 悪事の限りを尽くさせて闘わせるのじゃ。

 生き残った者はまちがいなく最悪。
 ゆえに、これを捕らえればよい。
 ほかの悪人は、この闘いで討ち死にする。
 つまり、国内に悪人はいなくなる。
 これぞ一石二鳥どころか、一石万鳥の妙案というものじゃ」


「おお! すごい! さすがは世界一の賢者殿!」


宰相は感嘆した。悪人を一網打尽!
恐るべき計略である。


「三日後じゃ。闘技場に召集をかけておる」


「わかりましたぞ!」


こうして宰相とわたしは
期待に胸を膨らませて三日間待ったのである。


そして運命の三日後。


「だれも来ないじゃないか」

「よく考えたら、約束を守るような連中ではありません」

「ハチバンはどうした?」

「来てません」

「あいつが最悪かもしれんな……」




4.逆転の発想


一週間後、わたしは宰相の執務室を訪れた。


宰相は机に積まれた書類の向こうから顔を出した。


「あら珍しい。どうしたのですか?
 王子からわたしに会いにくるなんて」


この間の悪人退治の件である。


「ああ、あの大失敗した件ですな。
 よく考えたら、そんなにうまくいくはずはありませんな」


いやいや、失敗は成功のもとである。
ちょっと考え方を変えてみようと思ってね。


宰相は書類に印を押すと、
いったん仕事を切り上げてわたしの話に耳を傾けた。


「と、言いますと?」


要するに、この世界に住むみんなが幸せに暮らせればいいんだろ?


「なんと! 王子も万民の幸福を考えるようになりましたか。
 そうです。そのためにわたしたちはいろいろと政策を考えているのです」


そうなるためには、悪い人が減ればいいのさ。


「……何かこの間といっしょじゃありませんか?」


ここからがちがうのである。
わたしは胸を張って言った。


今度は、悪人を退治するんじゃなくて、善人を増やしたらどうだい?


「ほう。逆転の発想ですな」


宰相はニヤニヤしながらも、感心したような表情を見せた。


「それでどうやって増やします?」


教育である。教育が大切だと思う。


「へ? 教育?」


宰相はしばらく開いた口がふさがらなかった。


「どうしたんです?
 あの勉強嫌いの王子が教育を考えるとは?
 熱でもあるんですか?」


宰相はわたしと自分のおでこに手を当てて比べてみたが、
わたしは大真面目である。


「……それで教育をどうします?」


こういうことは賢い人に聞くべきである。
ちょっと紙と墨を持ってきてくれないか?


「……まったく進歩しておりませんな、王子」


こうして、悪人退治のときとまったく同じように、
わたしは城門に張り紙を出したのである。




5.大賢者、再び現る


果たして二日後。


城にひとりの男が現れた。衛兵がやってきた。


「王子。現れました!
 王国を必ず幸せにする教育を知っているとのことです」


やはり世間は広い。


「ハチバンと申すそうです」


またかよ。
その名を聞いて宰相は怒りをあらわにした。


「うぬぬ、この間はトンズラしおったくせに、
 また性懲りもなく来おったか。
 王子、今度はひっつかまえてやりましょう!」


まあ、せっかくわざわざ来てくれるんだから、
話だけでも聞いてみたらどうだい?


「わかりました!」


しばらくして、衛兵がハチバンを連れてきた。


あ、久しぶりだね。じいちゃん。


「はあ。おひさじゃのう」


また来てくれてありがとう。


「ふぉっふぉっふぉ」


この世に二人といない賢者なんだって?


「そうでもないがの」


すると宰相の雷声が飛んできた。


「そうでもないわ!
 まったく、この間の件をどう説明するつもりじゃ?」


「あれはのう、あいつらが思ったより賢かったのじゃ」


「……あんたが思ったよりバカだったんじゃないのかね?」


「ふぉっふぉっふぉ」


「笑ってごまかすなよ」


「ワシの策をかわすとは、なかなかやつら、見どころがある。
 これでこそ教育のやりがいもあるというものじゃ」


「言いわけすなっ。なぜ、当日すっぽかしたのじゃ?」


「まあそうお怒りあるな。じつを言うとな」


と、ハチバンは頭をかきながら話した。


「この間の件はのう、
 城門におもしろい張り紙があったもんじゃから、
 ついいたずら心が沸いてきてのう。
 おもしろい張り紙にはおもしろい企画で返そうとしたまでじゃ」


「……本当かよ」


「じゃが、今回はチクとちがいまする。
 教育という未来の礎の法を問われるというならば、
 このわたくしめ、誠意をもってご返答したい所存でございますのじゃ」


しかし宰相は完全にハチバンを信用していない態度である。


わたしはハチバンに説明した。


みんなが幸せになれば、それはすばらしいことだろう?


「はあ」


そのためには、教育が大切だと思う。


「へえ」


しかし、すべてのことを教えるのは不可能だろう、と思う。


「はあ」


しかも、多くのことを教えたところで、
人々が幸せになるとも限らない。


「へえ」


要は、みんな笑顔で暮らせるような平和で豊かな国にしたい、
それだけなのさ。
そこで教えてほしい。何をどのように教えればいい?


するとハチバンはゆっくりとうなずいた後、答えた。


「昔々のことじゃった」


うん。


「ある国にのう、オオカミに育てられた子供たちがいたのじゃ」


オオカミに?


「そうじゃ。
 その子供たちが人間に発見されたとき、
 なんとオオカミそのものになっていたのじゃ。
 四つんばいで走りまわり、遠吠えをしていたというのじゃ」


はあ。そりゃすごい。


「つまりじゃ。オオカミに育てられれば、
 知らず知らずのうちに、オオカミそのものとなる。
 これは大変なことじゃ。
 もし、みなが逆立ちをして生活をしていたら、
 生まれた子も知らず知らずのうちに、
 必ず逆立ちして生活するようになるのじゃ」


まさか。


「いや、必ず当たり前のように
 逆立ちをして生活するようになるのじゃ。
 そして、そのことに疑問を持たないのじゃ。
 そして体育の授業では、
 二人組みで一生懸命、普通に立つ練習をしているのじゃ」


……そんなバカな。


「つまりはのう、人間は知らず知らずのうちに、
 まわりの環境通りに育つものなのじゃ。
 よって、すばらしい環境を作りだせば、後は何をせずとも、
 知らず知らずのうちにすばらしい人物が育つということじゃ」


なるほど。


「しかしながらのう、
 すばらしい環境は、すばらしい人物が作りだすものでもある」


ここで初めて宰相は唸った。


「……うーむ。なるほど。鶏が先か、卵が先かということじゃな」


「そういうことじゃのう」


では、先にすばらしい環境が必要なのかい?
それとも先にすばらしい人物が必要なのかい?


「そこじゃよ王子。別にどちらでも構わんのじゃ。
 それならば、まずは王子御自身が
 すばらしい人物となってはいかがかのう?」


わたしが?


「そうじゃ。王子は何も人々を教育する必要はない。
 ただ、王子が人々にどうあってほしいか、
 常に自らの行動で示し続ければよいのじゃ。
 王子が誠実であれば、やがて人々も誠実となりましょうぞ。
 王子が博打好きであれば、やがて人々も博打好きになりましょうぞ」


なるほど!


「自らの姿で示すこと。これが教育の本質でござる。
 人は人の姿から教わるものです。
 そもそも、自分ができていないのに、
 いったい何を教えるというのじゃろうか?」


そうか。わたしが率先してやればいいのだ。


「これを不言の教えといいますのじゃ。
 それじゃ、この辺でサイナラ」


突然立ち去ろうとするハチバンを宰相はあわてて呼び止めた。


「待ってくだされ。
 わたしはどうやらあなたを誤解していたらしい。
 ちょっと失礼」


宰相はそう言いながら、奥へ小走りに消えた。
しばらくして、宰相はきらびやかな装飾を施した袋を持ってきた。


「どうかこちらを受け取っていただきたい」


ハチバンはその袋を受け取ると、
外から指でつっついたり匂いを嗅いだりした。
中にはたくさんの宝石や金貨が入っているのだろう。
が、ハチバンはそれを宰相に返した。


「結構じゃ」


固辞するハチバンに宰相はあわてて説明した。


「いや、わたしはあなたに感謝の意を表しています。
 あなたの論を借りれば、
 これはわたしが人々に感謝の気持ちを持ってほしいから、
 自らの姿で示しているのです。どうか受け取ってくだされ」


するとハチバンは微笑んだ。


「お心遣い、誠に感謝する次第じゃ。
 ですがのう、わたしがその袋を受け取らないのは、
 人々が正義を忘れてお金に目を眩まされないよう、
 自らの姿で示していますのじゃ。どうかその袋の中身は、
 人々が笑顔で暮らせることができるよう、お使いくだされ」


「!」


「それではご機嫌よう。ふぉっふぉっふぉ」


「……王子。わたしの目は節穴だったようです。
 ハチバン殿。なんとすばらしい人物でしょうか。
 さっそく、わたしも今日から不言の教えを実行します」


そうしよう!
こうしてわたしたちはその後、
人々が笑顔で暮らせるようにずっと笑顔で暮らし始めたのである。



6.不言の教えの効果


ところが、一月ほどたったある日、宰相はわたしに報告した。


「王子。どうもおかしいのです。
 わたしも不言の教えをずっと実行していますが、
 国はますます貧富の差が激しくなり、泥棒も相変わらず増えています」


わたしも楽しい暮らしをしているというのに、
いったいどうしたんだろう? 


「もう一度、ハチバン殿を呼びましょうか?
 ひょっとしたらわれわれ、
 また一杯食わされた可能性も否定できませんぞ」


あまり人を疑うものではないよ。
でも、はっきりさせる必要はあるか。
わたしたちはもう一度ハチバンを招くべく、
三度目の張り紙を出したのである。



するとほどなく、ハチバンが姿を見せた。


相変わらずのんびりとしているハチバンに、
宰相は鋭く詰め寄った。


「今日そなたを呼んだのはほかでもない。
 困ったことになったのじゃ。
 そなたの教え通りにしたものの、
 そなたの言うとおりにはならぬぞ?」


すると、ハチバンは言った。


「……いや、わたしの言うとおりになっていますぞ」


「どこがじゃ?」


「王子。それに宰相」


「はい?」


「あなた方は自ら笑顔で暮らしていましたがな、
 それは人々から集めた税金を使っての奢侈な生活によるもの。
 そんな統治者たちの姿を見て、人々は贅沢な生活にあこがれ、
 そして一部の人々は実際にするようになった。
 がしかし、ほかの大多数の人々は貧しい生活を余儀なくされておる」


……。


「私利私欲のために税金を無駄に使えば、それは泥棒と同じである。
 統治者たちが泥棒となるならば、オオカミに育てられた子のごとく、
 人々もその姿を見て泥棒となろう。 
 つまり、あなた方自身がいまのような国の状況を作り出しているのでござる。
 王子、宰相。あなた方は不言の教えを実行したのですぞ!」




そうです、まったくそのとおりです。
ここ最近は楽しかったけれど贅沢三昧でした。
ああ、無駄使いしてごめんなさい。
わたしは心から反省した。


すると、ハチバンは語気を和らげ破顔した。


「ふぉっふぉっふぉ。ですが王子、
 その反省の心があれば心配は無用のようですじゃ。
 この国はやがて素直でいい国になりまするぞ。では失礼」


ハチバンはくるりと向きを変えて姿を消したのである。


その後この国はどうなったか。
みんな悪いことをすると謝るようにはなったという。


八番目の大賢者 終
posted by marl at 15:34| Comment(1) | TrackBack(0) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月22日

悪気はなかった

1 太陽系の生まれた理由


遠い遠い昔のこと。


『何か』が、かくれんぼをしようと思ったらしい。


ところが、その何かはあわてたのか、仲間を集める前に隠れてしまった。
だから、何かが隠れていることをだれも知らない。
そして、いまもまだ見つかっていない。


その何かが隠れていることに逸早く気づき、
最初に探そうとしたのは、太陽だった。


太陽は自ら暗闇に光を放ち、隠れたであろう何かを照らし出そうとした。


しかし、見つからなかった。


太陽が唯一、その何かについて知っていることは、
太陽自身がその何かによって生み出された、ということであった。


太陽には、わかっているだけで十人の仲間がいた。
何かが隠れている、ということに気づいた太陽の賢明さと、
それを探そうとする行動力にひかれ、集まってきた仲間である。


太陽は十人に問いかけた。


「どうだみんな? どこにいるかわかったかい?」


しかし、どの惑星も黙ったままだった。
なぜなら、あの伝説があるからだろう。


見つけたものは燃えて死す


みんな燃え尽きるのは嫌なのだ。
だから、だれも本気で見つけようとしていないのだ。




2 人間の生まれた理由


地球、すなわちわたしはみんなに言った。


みなさん。このままではいけないと思いませんか?
わたしはたしか、太陽さんのまわりを四十五億回ほど回ったと思います。
でも、何かがどのあたりにいるかさえ、未だにわからないなんて。


それでわたしは考えました。
このわたしの体の上に、知恵ある生命体をたくさん生み出そう。


「知恵ある生命体?」


はい。わたしには、水もあれば酸素もある。
気候も水星さんや冥王星さんほど厳しくない。
生命を生み出すには、絶好の環境だと思いました。


「ほう。なるほど」


そして生まれました。知恵ある生命体が。


「え? もう生まれたの?」


はい。わたしは彼らを人間と呼んでいます。


「人間?」


はい。そして今日、何かの居場所を発見した、という人間が現れました。


「タイミングがいいな」


はい。そんな彼といま、ライブでつながっています。


「手際もいいな」


彼はいま友人にその考えを説いています。
というわけで、彼の声を聞いてみましょう。


わたしはそう言って、ある人間たちの会話とその映像を太陽系内に映し出した。




3 人間の叡智


あのさ、わかったんよ。おれ


「何が?」


神様が隠れた場所。


「はあ?」


この宇宙を造っておきながら、未だにどこにいるかだれもわからない、
だれも見つけられないその場所さ。アンタは知ってるかい?


「そんなもん知るかいな」


そうやろ? オイラはわかった。


「……どこ?」


いいか、よく考えてみな。
神様はこの宇宙を造ったんだぜ?
そしたらアンタ、普通は造った宇宙のど真ん中にいるはずよ。


「何で?」


だってアンタ、隅っこにおるようなヤツが、こんな宇宙を造るか?


「……造らんわな」


そうやろ? 神様はきっと隅にはおけないやつよ。
つまり、この宇宙のど真ん中にいる。


「けれど、ど真ん中ってどこよ?」


そこだよ問題は。
どこがこの宇宙のど真ん中なのか。
それを知るためには、この宇宙の四隅がどこなのか知らなきゃならんだろ?


「ああ、四隅がわかれば、真ん中もわかるわな」


それでオイラ調べた。そしたらビックリ。
何と果てがないんや。この宇宙は!


「ええ? それじゃどこが宇宙のど真ん中よ?」


そこだよ問題は。
よく考えてみたら、果てがないなら、
宇宙のどこにいてもど真ん中やないか。


「ははあ」


つまり、宇宙のど真ん中は、オイラや


「!」


だから、神様の隠れた場所は、オイラの心の中や!


「おお!」


そしてオイラの中だけやない。アンタの心の中にもいる!
だってアンタも宇宙のど真ん中だから


「ええ?」


さらにはアンタの中だけでもない。
小さな虫の中にいる。緑の木々の中にいる。この石ころの中にいる!


「ああ!」


すなわち、万物に神宿る、ということだよ。




4 人間の滅びた理由


二人の会話を聞き終えた太陽は言った。


「地球君」


……は、はい?


「……人間って、おもしろいね!」


ホ、ホントですか?


このときわたしは不覚にも、赤くなってしまったのである。


そのとき、地表の気温は一気に上昇。火山は激しく噴火。
数え切れぬほどの巨大な火柱が暴れ狂い、人間は滅びたのである。
そんなものなのか人生。


見つけたものは燃えて死す……
こうして伝説は的中した。
わたしのせいである。


ちなみに『何か』は、まだ隠れている。
はよ出てこいやー!




悪気はなかった 終
posted by marl at 22:26| Comment(1) | TrackBack(0) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

教えてください

1 入門初日


わたしは世界を救うという先生に弟子入りした。


ならば先生、お尋ねします。
苦しんでいるすべての人々を救い、
平和を実現するにはどうすればよいでしょうか?


先生は寺院の庭にある菩提樹の下で目を閉じて座っていた。


やがてうっすらと目を開け、
わたしの顔を細い目で見つめた後、おもむろに立ち上がった。


先生! どうか教えてください!
わたしは思わず土下座して嘆願した。


すると先生は、黙って右足を一歩前へ出した。


「?」


わたしは立ち上がり、先生と同じように右足を一歩前へ出した。
こうでしょうか?


すると先生は右足を引っ込めて、今度は左足を一歩前へ出した。
わたしも同じように左足を一歩前へ出した。こうでしょうか?


そのしぐさを見届けた先生は、
微笑みながら寺院へと戻っていってしまった。




2 入門2日目

 
あくる日の朝、わたしは先生の部屋を訪れた。
先生! ようやく先生が何をおっしゃりたかったのかわかりました。


先生は黙って目を閉じていた。


どんな大きなことでも、
小さな一歩一歩から始めなさい
、という意味ですね?


すると先生はうっすらと目を開け、
わたしの顔をじっと見つめた後、おもむろに立ち上がった。


どうでしょう?
わたしも立ち上がって尋ねると、先生は黙って右手を差しだした。
わたしは差しだされた先生の右手をしっかり握った。


正解ですね?


すると先生は、今度は黙って左手を差しだした。
……先生?


わたしは仕方なく、左手で先生の左手を握った。
……こうでしょうか?


両手で交互に握手を交わすと、
先生は壁の方を向いて寝転び、そのまま寝てしまった。




3 入門3日目


あくる日の朝、わたしは先生の部屋に飛び込んだ。
先生! ようやく先生が何をおっしゃりたかったのかわかりました。


先生は経典を開いて黙読している最中だった。


お互い握手をしっかり交わすことで、
仲良くすることから始めなさい
、という意味ですね?


すると、先生は経典を膝下におき、
わたしの方を向いて座りなおした。
そして、わたしの顔をじっと見つめた後、
微笑みながら右手で頭をボリボリとかき始めた。


正解、ですか?


すると先生は、微笑みを浮かべたまま、
今度は左手で頭をボリボリかき始めた。
……先生?


わたしは仕方なく、微笑みを浮かべながら、
左手で頭をボリボリかき始めた。
……こうでしょうか?


頭をかき終えた先生は、ふたたび経典を手に取って読み始めた。




4 決別のとき


こうして一年がたった。


わたしは一日も休まず、先生のもとを訪れて教えを請い続けた。
そしてわたしの考えは、
先生との日々のやり取りを重ねていくうちに複雑化していった。


この日の朝も、わたしは先生のもとを訪れた。


先生は最初の日と同じように、菩提樹の下で目を閉じて座っていた。


先生。
ようやく、ようやく先生が何をおっしゃりたかったのかわかりました。


先生はそのままじっとわたしの顔を見た。
わたしはその悟るところを述べ始めた。


右足を一歩前へ出すことは、
左足を一歩前へ出すことと同じぐらい簡単です。


右手で握手することは、
左手で握手することと同じぐらい簡単です。


微笑みながら右手で頭をボリボリかくことは、
微笑みながら左手で頭をボリボリかくことと同じぐらい簡単です。


先生はじっとわたしを見ている。わたしは続けた。


したがって、苦しんでいるすべての人々を救うことができる者は、
同じぐらい簡単に、楽しんでいるすべての人々を苦しませることができる者です。


が、しかし!
そんな者はいません。

 
先生の眉がピクリと動いた。
わたしはさらに続けた。


そんな者はいませんが、身近な人を喜ばすことはできる。
そして人は、みんなだれかとつながっている。
だから、みんなが身近な人を喜ばせることができたら、みんな幸せになれる。


だから、すべての人を助けようなんて大それたことは考えず、
常に自分の周りにいる人と仲良く助け合えばよい。
すると、その幸せが人のつながりを通じて広がっていき、
やがては苦しんでいるすべての人々も幸せになることができる。



それが、それこそが、先生のおっしゃりたかったことですね?


わたしはついに悟りを開いたと確信した。


が、先生は手を後ろに組んで、おもむろに空を見上げた。
せ、先生! ちがうのですか?


「……」


わたしは地面に崩れ落ちた。
む、無念です。どうか、どうかお願いです。
答えを教えてください。


先生は腰を下ろしてわたしの顔を優しく見つめた後、
とうとうその口をゆっくりと開いた。


「まず、正しい心を持つことが大切である」


はい。


「そうすれば、正しい望みを持つことができる。
 正しくない心は正しくない望みを生み、百害をもたらすのみ」


はい。


「そうして正しい望みを得たならば、
 それを叶えるために、状況を正確に認識しなさい。
 なぜなら正確な認識を元に判断しなければ、
 望んだ正しい結果が得られないからである」


はい。


「したがってまず、わたしが思い出さねばならない」


……何をでしょうか?


「あなたの質問である」




教えてください 終
posted by marl at 02:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月14日

天国か地獄か

閻魔さんは思ったより親しげであった。


「おお、お疲れさん」


さきほど死んだばかりのわたしは、閻魔さんに向かってこう言った。
どうです? 見ていたでしょう、わたしの人生。


「おお」


とにかくわたしの人生は、
だれかに仕組まれていたかのようにずっとずっと苦しかった。
しかし、わたしはウソのひとつもつきませんでしたし、
人を悲しませるような行いもしませんでした。


「苦しかっただろう?」


もうホント、苦しかったですよ。


「じつはな、あれ、あんたの言うとおり、仕組まれていたのだ」


やっぱり! やっぱりそうでしたか!
わたしもうすうす感づいてはいましたが、
あれらの苦しみは、すべてわたしへの試練だったのですね?


「まあ、そういう人もおる」


特にあの人生後半の苦しみといったら、悲惨としか言いようがない。


「そうだろう。あんたの行ったところでは、
 後半ほどキツイように設定されている」


なるほど。そうでしょう。
しかし、わたしは自分に負けませんでしたよ。
どんなに苦しくても、歯を食いしばって、
負けるもんか、逃げるもんか、と一生懸命がんばりましたよ。


「苦しかっただろう?」


もうホント、苦しかったですよ。


それで、わたしは何点ですか?


「何点?」


そうです。
こんなことを言うと自慢みたいですが、
けっこういい点数を取ったかな、と思っています。


「そんなものはないよ」


ええ? わたしは不安になった。
じゃあ、わたしはいったい何のために嫌なことを嫌々してきたんですか?


「そりゃあんた、自分のやりたいことをしなかったからだろう?
 自分のやりたいことをしなかったら、
 他人のやりたくないことをやらされるようになってるんだよ



そ、そんな……。


「まあ自分で地上に降りていったんだから、人のせいにしちゃあいけないよ」


……わたしは自分で地上に生まれていったのですか?


「そう。覚えてないかね?」


そうか。そうだったんだ。
わたしはきっと、試練を乗り越えて、
自分の使命を果たすために、自ら地上に生まれていったんだ……。


ひとり人生の意味を噛み締めているわたしに対し、
閻魔さんは涼やかな顔をして尋ねた。


「なぜ点数がほしいのかね?」


え? そりゃあ、いい点数をつけてもらいたいじゃないですか。
八十点以上だったら天国に行ける。
そう思って、苦しいときもずっとがんばってきたんですから。


「おれにはさっぱりわからんなあ。
 人から点数をつけてもらわないと安心できないという神経が」


なぜです? 人から誉められたら嬉しいじゃないですか?


「そりゃ嬉しいよ。でも、何をして誉められるかによるよ。
 もしあんたが教科書通りの百点満点の人間になったとして、
 それがいったいどうだっていうんだ?」


どうって?


「みんな、『へえ、そうなんだ』と思うだけ。ただそれだけさ」


……そんな。


「点数をつけられて喜んでるということは、
 だれかが作った型枠にはまって満足してるということさ。
 けれど、そんな他人の作った理想像になったところでいったい何になる?
 そんなものは偽物にすぎないと思わないか?」


……。


「わたしは何人もすごいなあと思う人を見てきたけどね、
 そんな人に共通するのは、他人の真似をしなかったってことなんだ。
 彼らは教科書にしたがったのではない。
 自分のビジョンにしたがったんだ。

 彼らにとっては、教科書なんてどこにでも転がっている。
 そしてそれは、自分が学ぼうとしたときだけ見えるもんなんだ」


……。


「大切なのは、自分がどうしたいのか、そのビジョンだよ。
 そのために教科書が必要なら、思う存分学べばいい。
 点数もビシバシつけてもらえばいい。
 だが、教科書や点数の奴隷になっていてはだめなんだ」


不安になってきたわたしは、気になっていたことを思い切って尋ねた。
閻魔さん?


「どうした? 顔色悪いよ?」


まさか、わたしが地獄に行くはずはありませんよね?


「……まあ、あんた次第だな」


ええ? どういうことですか?
わたしはたくさんの善行を積みましたよ。
そんなわたしが地獄へ行ったら、みんな地獄へ行かなきゃおかしいですよ。
そんな理不尽な判決、わたしは認めません。控訴します。


「控訴って」


わかった! あんた次第だと言いましたよね?
つまり、賄賂を求めているんですね?
なんと汚らわしい!
地獄とは、あなたの心の汚れを言うのです。
わたしを裁く前に、まずその汚れから取り除きなさい!


「ちょっと、まあ落ち着いて」


では、わたしは天国行きですか?


「……ああ、ここは天国だよ」


よ、良かった!
じつはここにくる前、閻魔さんは傲慢で
人を正しく裁いてくれないんじゃないかと心配していました。
でも、本当は分別ある立派な方なんですね。


閻魔さんは大きなため息をひとつついた後、
テーブルに置いていた眼鏡をかけ、閻魔帳をめくりながらつぶやいた。


「みんなに同じことを何度も言うけどね、
 別にワタシャ何も裁きゃしないよ?
 さっきも言ったように、人に点数をつけるのは嫌いだ」


そうなんですか?


「そう。なのに地獄の好きなヤツがいてね、
 行くなと言うのに勝手に行ってしまうのよ。
 それで苦しかった、苦しかったと言いながら嬉しそうに帰ってくる」


バカなヤツもいるもんだ。
閻魔さんもそんなヤツがきたら、止めてあげなきゃ。


「そうだろ? だから、もう行くな。頼む。見ていて辛い」


は?


「だからここが天国、地上が地獄なの! わかった?」


え、ええ! 


仰天するわたしを見て、閻魔さんは思わず噴き出した。


「ま、ゆっくりしていきな」


天国か地獄か 終
posted by marl at 03:03| Comment(3) | TrackBack(1) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月11日

蝸牛の気持ち

朝起きると、わたしはカタツムリになっていた。なぜ?


隣には友人のニシキマイマイがいる。どうしよう?


とりあえず、話しかけることにした。


……なあ?


「どうした?」


わたしはふと疑問に思ったことを尋ねた。


なぜおれたち、カタツムリなんだ?


するとニシキマイマイは驚いて、二本の角を出した。


「おまえ、生きる意味を悩んでいるのか?」


ニシキマイマイは、二本の角を交互に出し入れしておどけてみせた。
しかし、わたしは真剣である。


ちがう。
おれの言っていることは、もっと高度に生物学的なことなのである。
すなわち、なぜおれたちは、カタツムリのままでいるのか。
それが知りたいのである。


「……」


ニシキマイマイが黙っているので、わたしは身振りを交えて説明した。


つまりこういうことさ。
最初の生物は海から生まれた。やがて陸に上がった。
そして生命は進化を繰り返し、
空を飛ぶ鳥や、道具や言葉を使う人間まで現れた。
アイツらは高度に進化した生命のひとつだろう?


「ふむ」


しかし、おれたちは何だ?
カタツムリのまんま、何も変わっていないじゃないか。
おれたちはなぜこんな状態になってしまったのか?
これ以上、進化しないのか?


するとニシキマイマイは言った。


「……おれが思うに、進化とは、環境への適応にすぎないのだ。
 つまり、おれたちはおれたちなりに環境に適応したということだと思うよ」


これで? よく言うよ。もっとおれは高度になりたい。


「鳥みたいに?」


そう。空を飛びたい。


「やめとけって。きっと寒いよ。
 高くなると気温が下がるっていうからさ。
 もっとも、鳥たちはもともと恐竜だったんだ。
 それが環境に適応して進化して、空を飛ぶようになった。
 それで寒いと感じたやつらが羽毛を持つようになった、という説があるんだ」


じゃあ、人間はどうだ?


「あれだけはやめとけって。とにかく忙しいらしいよ。
 おれたちみたいなトロい生物に勤まる代物じゃねえよ」


でも、みんな人間みたいに賢くて、機敏で、
言葉も話せて、道具も作れて、火も使えるように進化したら、
それはすごいことなんじゃないか?
おれたちももっと高度にならなきゃ、ほかの連中に申しわけが立たないよ?


するとニシキマイマイは首を横に振った。


「いや、それはちがうと思うぞ。考えてもみろ。
 おれたちを含めて、すべての生物が人間になったら、
 自然界のバランスが取れないじゃないか。
 いったい人間は何を食うっていうんだ?
 そうなったら共食いするしかねえよ」


バランス……か。


「しかも、そういう問題だけじゃないんだ。
 同じ種類の生物しかいない場所の環境がガラリと変わったら、
 変化に対応できなくて全滅だぜ?」


はあ……。そういうものかな?


「そうだよ。生物に多様性がなくなれば、
 それだけ生態系が不安定になるということなんだ。
 しかし、生物に多様な個性があれば、環境の変化が起こったときに、
 生き残る生物もたくさんいるということだよ。
 つまり個性とは、新しい未来の可能性なんだよ


なるほど。こいつは意外に賢いな。


「だから、
 おれたちはおれたちでいいんだよ。立派にひとつの生命じゃないか。
 よく見てみな、この背中の渦巻きを。
 こんなに美しいものを持っているのも、おれたちだけだぜ?」


わたしは背中の渦巻きを見た。そう言われると、そんな気もする。
近くで見ると、なかなか壮観である。


「それに、あんたの渦は左巻きだろ? 十分個性的だよ」


そうなのか? わたしは背中の渦の巻き方向を調べた。


「一般には右巻きが多いからな。
 まあ右巻きと左巻きなんて一見どうでもいいようだけど、
 この差が何かの弾みで大きな差になるかもしれないんだ」


どういうことだ?
するとニシキマイマイは身を乗り出して説明し始めた。



「つまりこういうことさ。
 砂漠に住む鳥がいてね、その鳥は砂の中に潜む虫を食べて生きていたんだ。
 ところがその虫の数が環境の変化で激減した」


そりゃ大変だ。


「そう。大変なことになった。
 当然、その鳥の数も激減した。
 でも絶滅はしなかった。なぜだかわかる?」


まったくわからん。


「くちばしがたった数ミリ、長い連中がいたのさ。
 それでそいつらは地中深くに残っている虫を食べることができたので、
 結果として絶滅をまぬがれたのさ」


はあ〜、なるほど。


「長いくちばし。これが種を絶滅から救った個性だったというわけ」


意外な個性だね。
そうだ、わたしも思い出した。こんな話もあるよ。
今度はわたしが身を乗り出して説明した。


これは人間の話なんだけど、
仕事ができなくて上司たちに怒られてばっかりの部下がいたんだ。
けれど、その部下はどんなに怒られてもいつも適当にやり過ごした。
まったくふさぎ込む様子もなくいつもヘラヘラ笑ってたんだ。


「ふむ」


そんな中、環境の変化で上司たちもきっちり成果を求められるようになった。
すると、じつはそれほど仕事ができるわけでもなかったその上司たちは、
地位も名誉も年収も一気にダウン。それでとうとう会社をクビになってしまった。


「そりゃ大変だ」


そう、大変なことになった。
結局、ほとんどの上司が絶滅した。
でも、人間は絶滅しなかった。なぜだかわかる?


「まったくわからん」


初めから仕事ができなかった部下だよ。
彼は環境が変わってもまったくいつもの調子で日々を過ごしたんだ。
それでとうとう会社をクビになってしまった。


「そりゃ大変だ」


いや、それが全然大変じゃないんだ。
彼は会社をクビになっても、
まったくいつもの調子でひょうひょうと生き続けたんだ。
だから結局、子孫をたくさん残して、
自分も笑いのある豊かな人生を送ったんだ。


「はあ〜、なるほど」


太い神経。これが種を絶滅から救った個性だったというわけ。


「意外な個性だね」


ニシキマイマイはうなずきながら言った。


「つまりそういうことだよ。
 どんなものでも見方しだいで長所になる。
 だからあんたの左巻きの渦も、あながち役に立たないとは言えないわけ」


……何か、むかつくんですけど。
わたしはニシキマイマイの顔をじっと見た。


……おかしい。これは絶対夢だ。
そろそろ目が覚める予感がする。
そして会社に行かねばならない気がする。


でも楽しかったよ。ありがとうニシキマイマイ。
わたしも自信を持って生きることにするよ。
そしてさらばだニシキマイマイ。また会う日まで。


蝸牛の気持ち 終
posted by marl at 01:26| Comment(4) | TrackBack(1) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月07日

未来からの使者

1 天狗現る


男がひとり、森の中にいる。


裸に木の葉一枚。
渓流の岩場にあぐらをかいて釣り糸を垂れるその姿は、
どうみても原始人にしか見えなかった。


わたしは男の方へ石を投げてみた。


裸の男はあたりを見回したが、気づかない。
男は竿の先へ視線を戻した。


そこへわたしは空中を漂って静かに移動し、男に話しかけた。


「!」


裸の男から見れば、わたしも変わり者だろう。
真っ赤な天狗の面をかぶっているから。


よっこらしょっと。
わたしは裸の男の横に腰を下ろした。
わたしは頭から足の先まで、すべて天狗の衣装で身を固めている。


裸の男は、そのまま構うこともなく竿の先をじっと見ている。
驚いた様子もない。


釣れるかい?


「……これからだ。じつは、大物を狙っている」


なるほど。そう言うあんたは釣天狗、というわけだ。ガハハ。


「……」


反応はない。
ちなみに釣天狗というのは、魚釣りがうまいとうぬぼれているやつのことである。


まあいい。


未来にはこんな美しい川もあまりない。存分に釣るがいいさ。
わたしは自分の正体についてヒントを投げかけたつもりだったが、
裸の男はピンと来ない様子で別のことを尋ねた。


「……その、かぶりものは何だ?」


ん? 天狗だよ。何だ、知らないのか?


「知ってるよ。けれど、何でそんなものをかぶっているんだ?」


フッフッフ。いい質問だ。天狗はな、お面をかぶらなければ話にならないのだ。


「?」


きょとんとしている裸の男。仕方ない、教えてやろうじゃないか。
わたしは両手を広げて正体をさらけだした。


じつは天狗とは、未来からの使者なのだ。


「……」


驚いた様子もない。というより、明らかに軽蔑の眼差しである。
わたしは広げた両手をやれやれというジェスチャーに切り替えた。


まあ怪しいと思うのも仕方ない。しかし、よく考えてほしい。
本物の天狗っていったい何なんだ? よっぽど怪しいとは思わないか?
まだお面をかぶった未来からの使者の方が、本物らしいと思わないか?


わたしは長い鼻を触りながら説明した。
天狗が出たという言い伝えが残る地方はたくさんあるだろう?
あれらはすべて、タイムマシンでやってきた未来の人間なのさ。


嘘ではない。タイムマシンは未来において発明されたのである。
もう少し上流の天狗岩に止めてあるが、見にいってみるか?


「いや、いい」


珍しい。
こう誘われてタイムマシンに乗り込んでしまい、
どこかに行ってしまう人は多いのである。
俗に言う、天狗の神隠しである。


しかし、タイムマシンでやってきたといっても、さっぱりわかってくれない時代もある。
ちなみに、ここはいつの時代だろう?
この男の恰好からすると、ずいぶん昔に来た可能性も否定できない。


いや、ひょっとすると未来に来た可能性もないわけではない。
エネルギーを使い果たした人類は、科学技術を捨ててついには裸で生活する。
いい話じゃないか。


裸の男は興味がないのか、竿の先に視線を固定している。


まあいい。とにかく過去に来たことにしよう。
それよりこれを見てみな?
たいていの場合、天狗は当時の人々には考えられない力を持っているだろう?
それらはみな、科学技術というものの仕業だ。


ほら、さっきの忍び足もこれを使ったのさ。
そう言いながら、わたしは得意げにするすると地面から浮かび上がってやった。


「!」


これにはさすがに裸の男も驚いたらしい。
これは簡単に言えば、超伝導による磁石の力を利用しているのだ。
だが詳しいことはよくわからない。
科学技術の中身なんて、ほとんどの人間はわかっていないのだ。


「……驚いたな。となると、さっきの石も何かあるのか?」


あれはただの石を放り投げただけである。


しかし、ここにきてようやく裸の男はわたしの力に興味を持ったのか、質問を続けた。


「天狗をする目的は何だ?」


娯楽である。


わたしは浮かび上がった状態から再び地上に降りてきてそのまま腰を下ろした。
裸の男は訝しげな顔をした。


「さっき、『未来からの使者』とか言ったろう?
 人間を救うためとか、何か理由はないのか?」


ない。
いつの時代も人間は、その時代に応じてそれなりに生きている。
何を未来の人間が偉そうに言うことがある。


それより、わたしにも疑問があった。この男、なぜ服を着ていないのだろうか?


「ちょっと理由があってな。いまは裸だ」


裸の男は釣り針を川から引き上げ、糸をたぐりよせておもむろに餌をつけ直した。




2.すばらしい科学技術と未来


「未来の話を聞かせてくれよ」


釣り針を再び川の中に落としながら裸の男は言った。
待ってました。何を話そうかな……?


よし、ではドリームドアの話をしてやろう。


ドリームドア。
その扉を開けると、世界中の行きたいところへ、
どこへでも行けるというまさに夢の扉だ。
科学文明は恐ろしいスピードで進歩した。
それでとうとう、人間はドリームドアを手に入れたのだ。


詳しい原理はわからない。それが科学技術に対する一般人の認識だ。
だが、簡単に言うとレーザーを使うらしい。


「レーザー?」


ああそうだ。
紫外線よりも波長の短いレーザーを、ドアの上部から照射するのだ。
人がドアを通ると、そのレーザーによって通った人の原子配列が読み取られる。
そして、その場所から切り取ってしまう。


「原紙配列?」


ああそうだ。
だが、いなくなってしまうのかというとそうではない。
その人が行きたいと思っている場所は、
体内に内蔵された数ナノメートルほどの微小なチップが記憶している。
ドリームドアはその情報から、行きたい場所へ正確に、
その人の原子配列を再現するという仕組みだ。


「数ナノメートル?」


ああそうだ。
しかし、問題もある。
行きたいと思う場所が定まらないまま、ドリームドアを通ると悲劇が起こるのだ。


あるサラリーマンは、家に帰ろうと思ってドリームドアをくぐったのだが、
どうも週末でムラムラしていたのだろう。下半身だけキャバクラへ転送された。


「キャバクラ?」


ああそうだ。
周囲は一瞬にしてパニックだぞ。
とりあえず上半身は家に着いたが、あなた下半身はどうしたの? という話になる。
下半身が送られてきた店の方もたまらんぞ。何だこれはという騒ぎになる。


ほかにもある。
せっかく夢いっぱいでドリームドアをくぐったのに、
途中で制御系がフリーズしてしまい、
どこに行ったんだろうと言われながらそのままうやむやになってしまったヤツもいる。


「フリーズ?」


ああそうだ。
まったく大問題だよ。
でもな、最後はお星様になったんだということで強引にケリをつけたんだ。
いくら科学技術が進歩してもそんなもんだよ世の中なんてな。


さて、ドリームドアを開発したのは、
ナノテクノロジー関連企業に勤めている技術者だった。
その企業はもちろん特許を取って、一台五億円で売り出した。
とにかく高い。だが、最初高いのは仕方がない。
そのうち一億円ぐらいに落ち着いたってわけだ。それでも庶民には厳しいな。


……どうもおかしい。どうも話を理解していないんじゃないか。
そうだ、忘れていた! 時代の異なる人間に、話が通じるわけはないのだ。


わたしは懐からもうひとつ、天狗のお面を取り出して裸の男に見せた。
これをつけてくれ。


「おれもお面をつけるのか? いやだよ」


いや、これはただのお面ではない。
意味のわからない言葉を理解し、イメージを共有するマシンなのだ。
時代を超えて飛びまわる天狗が物語をするのに必須アイテムとされている。
だから天狗はお面をつけなきゃ話にならんのだ。


「必須アイテム?」


いいからつけろ。わたしは裸の男にお面をかぶらせた。
そしてさらに扇子を取り出し、講談師のように膝をタンッと一回景気よく叩いた。


さて!
ドリームドアを開発した会社の社長さんは、もちろん記者会見を開いた。


「おお! 見える! 見えるぞ!」


社長いわく、


人類の歴史において、
とうとう科学が頂点をきわめた日がやってきたのです。
わが社は世界に大きく貢献し、人類の歴史に輝かしい功績を残しました。
わが社はすごい。そして、そんな会社の社長であるわたしは、もっとすごい。


こうして世界は大騒ぎになった。


しかし、この発明により、世界は豊かで幸せになったか?
いやいや、いきなりドリームドアを狙った強盗が現れる。


金持ちの家に侵入した犯人は、警察に捕まった。そしてそいつの言うことには、


「とにかくどこかへ行きたかったんだよ」


それで人情ある裁判官は、犯人をドリームドアで刑務所に送った。


さらにその企業に勤めている人間が、ドリームドアをこっそり盗んだ。
しかしそいつは、会社にドリームドアを使って通勤したのですぐばれた。


それに空き巣の急増。件数はそれまでの千倍に膨れ上がったな。


さらにはお年寄りの銀行口座を狙った犯罪も多発したな。
それがたいていは未遂に終わったんだ。


なぜかって?
信じられないかもしれんが、容疑者を捕まえてみると、
じつはみんな狙われたお年寄りの若い頃の自分だったのだ。
自分の口座なら、簡単に貯金を引き出すことができる。
そう気づいた連中が、若いうちに未来へ飛んでいって、
自分が老後蓄えてあるはずの貯金を根こそぎ持っていこうとしたのだ。


ところがそんなことを考えるやつに、老後の貯金などないわけ。
こうして計画は未遂に終わった。
だが、怒りが収まらない若い方は帰り際、年老いた自分に向かってこう怒鳴った。


「じじい、ちゃんと貯金しておけ!」


するとじじいはこう切り返した。


「おまえがしておけ!」


そんな中、電車会社は『電車に乗ろう運動』を展開していた。
新聞には、車会社の倒産の記事があいついで載った。
ドリームドアが犯罪と失業という社会問題を生み出したのだ。


サラリーマンはサラリーマンで、日帰り出張が増えたと嘆いていた。
まったく夢なんてないわな。


裸の男は竿をすっと持ち上げて糸をたぐりよせたが、
餌はすでに食われてついていなかった。


とにかく、ドリームドアによって失業率が増加、犯罪も世界各地で増加した。
それで気の弱かったドリームドア発明者は首をくくってしまった。


事態を重く見た各国政府は、ドリームドア拡散禁止条約を締結。
しかし、各国は内緒で軍事利用を企てていた。


そしてこのような混沌に終止符を打つべく、
ついに画期的な防犯装置がセキュリティ関連の企業によって開発されたのだ。


それはドリームドアで入ってきた人間が、
セキュリティシステムに登録されていない場合、ヤリでつくという恐ろしい装置だ。
その名も『やりすぎ君』である。


その会社の社長は正義感に燃えて言ったわけ。


ドリームドアは、核兵器よりも恐ろしいものとなりました。
わたしたちは、自ら作り出したものから、自らの身を守らねばなりません。
しかし、この『やりすぎ君』があればもう安心。
盗人が入ってきたところをズブリといきます、とな。


それで金持ちはすぐに購入し、犯罪は減少した。
セキュリティ各社は、『やりすぎ君』と同じような防犯装置をどんどん開発、
コンパクトにしたり、わけのわからない機能をつけたりして競争した。


そんな中、『やりすぎ君』が誤作動を起こし、
夜中に酔っぱらって帰ってきたオヤジをズブリと串刺した。酷い話だ。


そんな事故が続いたので、
これまたベンチャー企業がお父さんのための新製品を開発、一躍脚光を浴びる。


鎧である。
万が一の誤作動に備えて、
会社からドリームドアで帰る前に、ロッカールームで鎧に着替えるのだ。


「あ、課長。いい鎧ですね」

「わかる? 新調したんだ。イテッ」

「あ、すみません。肩が尖ってて」


なんて楽しい光景だ。その名も『ヨロイ君』である。


ベンチャー企業のインタビューはどうだったか。


何の罪もないのに、仕事で疲れて帰ってきたお父さんがズブリと串刺し。
こんなことが許されていいのでしょうか。
この『ヨロイ君』は、ヤリの鋭い一撃から大切なお父さんを守ります、ということらしい。


そうすると、他社も負けじといっせいに鎧を開発。
機能アップや軽量化を検討し、優れた鎧を開発すべく競争した。


しかし敵もさる者である。
盗人が『ヨロイ君』を着て泥棒を始めたので、犯罪がまた増加した。


そんなずる賢い泥棒どもを一網打尽にする製品がまた開発された。
セキュリティシステムがオヤジじゃないと判断した場合、
鎧を高性能レーザーで瞬時に切断する装置だ。
その名も『まじぎれ君』である。


これを『やりすぎ君』とタイアップで売り出した。


わかるか?
つまり、泥棒が着ている『ヨロイ君』を『まじぎれ君』が瞬時に切断し、
『やりすぎ君』でズブリ、というわけだ。


これで犯罪は減ったかにみえた。
しかし、またコンピューターが誤作動を起こし、
鎧を着て安心して酔っぱらって帰ってきたオヤジが丸裸にされた上、串刺しに。
いいのかこれで。




3 科学技術が進歩しても……

 
わたしはひとつ深呼吸をして、扇子を懐へ収めた。


バカな話だがな、ドリームドアだけに限らず、
これと似たようなことをどこでもやっていたのだ。


そうやって、進んだ技術で狐と狸の化かしあいをしている間に、
海や大気を汚染し、森林を過度に伐採し、ごみや有害物質を大量に出したのだ。
それだけではない。
たくさんの生物が死んでしまい、飢餓で多くの人が死んでしまい、
心ない犯罪も多発したのに、ずっと争いを繰り返したのだ。


技術だけでは、みんな幸せにはなれなかったのだ。

裸の男は釣り針を引き上げたが、また餌はいなくなっていた。


「……もうやめだ」


裸の男は竿を置き、お面を取ってわたしに返した。
そう言えば、さっきから一匹も釣れていない。


「……いい話だったよ。で、天狗よ、これからどうするつもりだ?」


さあて、どうしたもんか? すると裸の男は魅力的な提案をしてきた。


「どうだ、一度集落へ降りてみては?
 せっかくきたんだ。まあゆっくりとこの時代を見学してきたらどうかな?
 女の子も裸で美人が多い」


わかった。すぐ行く。


「わたしは釣るポイントを変える。
 この川沿いをしばらく下ると、右手に集落へ向かう小路がある。
 それを下りていけばたどり着くはずだ」


わかった。善は急げと言う。本日の講義はこれでしまいにする。


「言っておくが、集落には悪いヤツもいる。欲にかられて騙されないようにな」


心配無用よ。おまえもしっかり釣れよ。じゃあな。




4 裸の男の正体


わたしは裸の男と別れた。


川沿いをしばらく下ると、右手に小路があった。
これだ。
この小路の向こうには魅惑の世界が広がっているのだ。


下衆というなかれ。
いくら科学技術が進歩しても、人の心なんてものはそんなに簡単には進歩しないのだ。
わたしは暗くて細い山道を小走りでかけた。


しばらく進むと、左前方の木々がまとまって倒されている場所があり、
不気味に広い空間になっていた。


……ん? なぜ木が倒されているんだ?


わたしは小路から外れて、倒れた木を踏みわけながら奥へ進んでいった。
しばらく歩くと、何か布切れのようなものがたくさん脱ぎ捨てられてある。
わたしは布切れのひとつを手に取った。


……これは、天狗の衣装?


なぜだ。なぜ天狗の衣装がこんなところにある?
何となく嫌な予感を感じているわたしは、
さらに前方に大きな丸い物体が放置されているのに気づいた。


それは、ボロボロになった金属の塊のようだ。
木々はその塊を先頭にしてなぎ倒されていたのだった。見たことある形だ。


わたしは物体に近づいた。そして、眉をひそめた。
タイムマシンではないか!
わたしは駆け寄って中を調べた。どうやら壊れていて動きそうもない。


しかし、なんだ?
天狗の衣装……、壊れたタイムマシン……。え?


わたしは小路をあわてて駆け戻った。まさか、まさか……。


やはりない! タイムマシンがない! やられたああ!


あのおっさん、天狗やったんや!
自分のタイムマシンが壊れたから、
おれのタイムマシンを盗んで未来へ帰りやがった!


わたしはしばらく呆然と立ち尽くしていた。
あたりをくまなく探したが、裸の男の影も形もなかった。




5 天狗のなれの果て


わたしは肩を落としながら、走り戻ってきた道をトボトボと歩いていた。


それにしてもあの狸野郎、ひと芝居打ちやがって。
魚を狙っているフリをして、じつは天狗を狙っていやがったとは……。
しかも聞き上手ときた日には、さすがのおれもこの様だ。
今度会ったら、ただじゃすまねえ……。


わたしは壊れたタイムマシンのところまで戻ってきた。
修理したいが、最新鋭のマシンである。
一介の娯楽人に、修理できるわけがない。
テレビひとつ直せないのだ。
思うに科学技術の発展は、人間を無能にしているのかもしれない。


あたりには、天狗の衣装がずいぶんと散乱している。


ん? おかしいぞ。


これだけ衣装が散乱しているということは、
ここにきた天狗はひとりやふたりではないということだ。
あの野郎とおれだけではない? ここには天狗がよく来るのか?
わたしはその場で考え込んだ。


……そうか。すべてがわかったぞ。


あの野郎も天狗としてここに来たが、
未来へ帰れずに待っていた裸の釣天狗に騙されてタイムマシンを盗まれたのだ。
だから同じように服を脱ぎ捨て、
素人のフリをしてつぎの天狗を待ち伏せしていたのだ。
そこへノコノコとおれがやってきたのだ!


わたしはすかさずつぎの行動に移った。
自分の衣装とお面をその場に脱いで捨てたのである。


そしてつぎの日。


わたしは裸に木の葉一枚、
あの岩場で釣り糸を垂れながら、つぎの天狗を待つようになったのである。


未来からの使者 終
posted by marl at 20:47| Comment(0) | TrackBack(2) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月03日

祈って走って

気がつくと、わたしは道端でずっと祈っていた。


来る日も、来る日も、ずっと同じ場所で祈り続けること、二十年である。


同じように二十年もの間、その道を走り続ける男がいた。
来る日も来る日も走り続けた。


ある日のこと、走り続ける男は、
今日に限って歩きながら古ぼけた手紙を読んでいた。
その手紙を読み終えた男は、また今日に限って、わたしに話しかけてきたのだ。


「何をそんなに真剣に祈っているんだ?」


わたしは絶望しているのです。


「なぜ?」


なぜって、いまの世の中を見てください。
どこもかしこも末期症状でしょう?
だから、どうしたらみんなが幸せに暮らせるのか、
ずっと神様と仏様に祈って聞いているのです。


「神様と仏様? なるほど、二股をかけて祈っているんだな? それで成果は?」


それが、だめなんです。
二十年も祈ったのに、良くなるどころか、ひどくなる一方です。


「……すまん。われ力およばず」


いや、あなたが謝ることはありません。
走り続ける男の謙虚な姿勢にわたしは思わず姿勢を正した。


そうだ、ちょっと待ってください。


ここであなたが話しかけてくれたのも神様仏様のお導きかもしれません。
どうしたらみんな幸せに暮らせるのでしょうか?
知っていたら教えてください。


「ん、そうだな……」


走り続ける男はふと笑みを浮かべて言った。


「どちらかに祈ってみたらどうだ?」


神様か仏様か、どっちかを選ぶということですか?


「そう。神も仏も両方好きです、だから片方だけでもお願いします、
 ではどちらの心もつかむことはできないぞ。
 とにかく、どちらかにしてみろ」


そう言われてみれば、そんな気もする。


では、神様にします。
わたしは両手を組んで目を閉じた。


ああ、神よ、わたしたちをお見捨てになるのですか?


すると走り続ける男は言った。


「仏は言うだろう。ああ、祈り続ける男よ、わたしをお見捨てになるのですか。
 もうちょっとだったのに」


ええ? ちょ、ちょっと待ってください。仏様にしてもいいですか?


「いいよ」


よし。わたしは気を取り直して今度は仏様に祈った。


ああ仏様、どうかすべての人々が、幸せに暮らせますように。


すると走り続ける男は言うのである。


「神は言うだろう。ああ、祈り続ける男よ。なぜわたしに頼まない。サイナラ」


何だこの男は。
ふざけるのもいい加減にしろ。わたしは立ち去ろうとした。
すると走り続ける男はあわててわたしを止めた。


「待て待て待て。ちゃんと教えるから。もっと神仏に祈るべきだな」


……は? もっと祈るべき、だって?


自分で言うのもなんだが、
仮そめにもわたしは二十年間も神仏に祈りを捧げてきた人間である。
そのわたしに対して、もっと祈れと言うのか。


わたしは一瞬カチンときたが、冷静に言葉を返した。
いえ、もう十分に祈りましたと。


「いや、神仏への祈りが足らん。あんたはまだ甘いよ」


そのひと言に、とうとうわたしは怒ってしまった。


その言葉は聞き捨てならん!
二十年も祈ったんだぞ、二十年も!
それを言っちゃ悪いがあんたみたいに、
毎日走り続けるだけの人間に言われたくないわ!
少なくとも、わたしはあんたより真面目に考えとるわ!


すると、走り続ける男はまたそっけなく言葉を返したのだ。


「いや、じつを言うとね、わたしはあなたと同じこの場所で、
 あなたより二十年前から二十年間祈り続けていたんだ」


へ? そうなの?


「うん。それでわたしの横を二十年間走り続ける人がいてね、
 ある日、わたしに話しかけてきたんだ。
 そして、あなたとまったく同じ問答をして、わたしはこう言われた。
 神仏への祈りが足らん、あんたはまだ甘いと。
 わたしはあなたとまったく同じように怒ったよ。すると、その人は言ったのさ」


何と言ったの?


「こう言ったのさ。
『考えてもみろ。何千年も昔から人間は、楽園や極楽浄土を求めて神仏に祈ってきた。
 それなのにいつまでたってもこの様だ』」


……うむ。なるほど。


「『つまり、もっと祈れば、そのうちやつらはアテにならんことに気づく』」


……そうかもしれません。


「『そして、もっともっと祈れば、神仏なんていない、
 いたとしてもクソ食らえだ、もうおまえらには頼まない、
 自分でやってやる、という結論に達する』」


……ははあ、わからないでもありません。


「『しかしここで、もう一度よく考えてもみろ。
 すでにわたしたちは、やつらからあたえられている。
 聞く耳、見る目、話す口、考える脳、動く手足。
 これ以上、何を求めることがある?』」


……そんなものはだれでも持っているのではないですか?


「『いや、おまえさんにあたえられたものはだれも持っていない。
 おまえさんには、おまえさんだけにあたえられたものがある。
 それらはおまえさんが望んだから、やつらがあたえてくれたものだ』」


……だからといってどうしたらいいのですか?


「『神仏に祈っているだけでは始まらん。自分にしかできない仕事があるはずだ。
 それを自分で考えて、自分で決めて、後回しにしないで、
 いまからコツコツ始めんか!』」


! わたしは言葉を失った。


「『そうして行動を始めるとやがて、
 おまえさんは神仏がずっと昔から助けてくれていたことに気づく。
 いままでは神仏に祈って頼ってばかりだったが、
 これからは自分が神仏の代わりとなって、
 人々が神仏に祈っていることを実現するために生きよう、
 そのために自分は神仏に肉体を借りて、
 地上に降りてきたのだと考えるようになるからだ
』」


ええ? わたしが神仏の代わりになるだって?


「『そうだ。おまえさんが二十年、
 いや、じつは生まれる前からずっと祈り続けてきたことなのに、
 どうして神仏が見捨てようか。
 それを叶える手段として、神仏が肉体をすでにあたえてくれているのではないかね?』」


……つまり、何でも自分の願うことは自分で叶えるよう、
神仏が助けてくれていたのか?
そうすると、わたしの二十年間はいったい何だったのだ?
何という膨大な時間を無駄に過ごしてきたんだ?


「『いや、いままでの人生はそのための準備だった。
 人生に無駄なことなどひとつもない、と考えなさい。
 ものごとは考え様ですべてが決まるのだ。
 それでもなお自分の仕事が見えないなら、
 とりあえず死ぬまで生きておけい!』」


はい!


「『最後にもうひとつ!』」


何でしょう!


「『偉そうに言ってゴメンね』」


あ、いえ。


「……と、言われたわけ」


 ここで走り続ける男は、自分の言葉に戻った。


「それで、自分の仕事は見えたかね?」


わたしは首を傾げた。


わたしはいままで祈り続けただけの人間です。
何をするかだなんて、考えたこともありません。
いや、考えてもわからないから、逃げていたのかもしれません。


……しかし、ここで祈っていても始まりません。もう行こうと思います。


すると走り続ける男は優しく言った。


「そうです。
 あなたにはあなたの道があるのです。その道を行くのです。
 やがてあなたの本当にやりたい仕事が見つかります。
 しかし、焦ってはいけません。
 ものごとには時機というものがあります。じっくりと進めていくのです。

 そして、迷ったときはこの手紙を読むのです。
 あなたの進むべき道へのヒントが書いてあります。
 それまでは決して読んではいけませんよ」


走り続けた男は、さっき読んでいた手紙をポケットから取り出し、
わたしに手渡した。
ずいぶんと古い手紙である。


「いつ頃書かれたのかは、よくわかりませんが」


そうですか。とにかく、ありがとうございます。
わたしはその男に礼を言って立ち上がった。


そしてわたしは、走り始めることにしたのである。


しかし、読むなと言われれば読みたくなるものである。
わたしは早速古い手紙を取り出し、恐る恐る開いてみた。








あれ、何も書いていない……。
まちがえたのかな……?


あ、そうか! 自分の仕事は自分で決めるんだった。


そのことに改めて気づいたわたしが振り返ると、
走り続ける男は笑って手を振ってくれた。そして彼はまた走り始めたのである。


さあ、わたしも行こう。わたしは懐へ手紙を入れて走り始めた。
まだまだこれからだ。おもしろくなってくるぞ。


祈って走って 終
posted by marl at 02:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月01日

はじまりのはじまり

突然わたしは、すべてを知りたくなった。

どうしたらすべてを知ることができるか、ずっと考えていた。
そして、ついに名案を思いついたのだ。

もうひとつ小さな宇宙を創造するのだ。

そして、そこに住む人間の考えていること、やることなすこと、
すべてわたしが把握できるようにするのだ。
そうすれば、わたしは人間を通して宇宙のすべてを知ることができるだろう。

ここで問題が起こった。どうやってその宇宙を創造しようか。
わたしはまた考えた。そして、妙案を思いついたのである。

世界中をまわって、賢者という賢者に会うのである。
そして宇宙を作る方法を知るのだ。

それでわたしは世界中を巡って賢者という賢者に会った。
そしてとうとう、宇宙を創造する方法を知ったのである。

だが、思わぬ誤算があった。

宇宙を創造する前に、わたしはすべてを知ってしまったのである。

なぜなら宇宙を創造するためには、
すべてを知らなければならなかったからである。

そうすると、宇宙を創造する必要がなくなってしまった。

そこで毎日、すべての知識を使っての思考を楽しんだ。
しかし、あることに気がついた。

たしかにすべてを知っているけど、
それらを同時に考えることができないな。
すべてのことを同時に考えることができたら、なんとすばらしいだろう。

そして、ひらめいたのだ。

やっぱり宇宙を創造しよう。
そして、その宇宙の人間が考えていること、やることなすこと、
すべて同時にわたしが把握できるようにしよう。
そうすれば、わたしはわたしのすべての知識を
同時に考えているのと同じことになる。

そうしてわたしは、いよいよ新しい宇宙を創造しようとした。
そのときである。

知らなかったことがひとつだけあったのだ。

いまのわたしの住んでいる宇宙は、
いまわたしが新しい宇宙を創造しようとしているように、
遠い昔にだれかが創造したということを。

わたしは天を見上げてこう言ったのだ。
やるなあ、あんたも。

すると、天から声が聞こえた。

「いや、それほどでも」

わたしは心の中で思った。こいつか、この宇宙を作ったやつは。

「そうです」

そうか、こいつはわたしのいる宇宙のことは何でも把握しているはず。
だからわたしの考えは筒抜けなのだ。こいつにはかなわない。

そう思った刹那、天は意外なことをわたしに言った。

「ひとつ、聞きたいことがある」

いまとなっては、すべてを知っているわたしである。
この宇宙で答えられない質問はない。
しかし、質問をするのはこの宇宙を作ったという天である。
わたしは身構えた。

「わたしはすべてを知って、おまえたちの住む宇宙を創造した。
 だが、わたしがおまえたちの住む宇宙を創造しようとしたとき、
 おまえと同じように天から声が聞こえたのだ。
 そして、わたしはいまからおまえにする同じ質問を受けた。
 そしてわたしは、その質問に答えることができなかった」

わたしはしばし考えた。
天はすべてを知っている存在である。
その天が答えられなかったのに、わたしに答えられるだろうか。

すると天は言うのだ。

「わたしも同じことを考えたよ、天からの声に」

わたしは少し空恐ろしくなった。
そして、天がどのような質問をするかわかったのである。

「さすがに察しがいいな。そのとおりだ。
 わたしはそれをおまえに聞きたい。わたしにもわからないのだ」

わたしは天がしようとする質問を確認した。

いったいだれが最初に宇宙を作ったのか、ということか?

「そうだ」

……ちょっと待ってくれ。わたしは長考に入った。

わたしの宇宙を作ったやつが、いまわたしの前にいる。
そいつのいる宇宙を作ったやつがいて、
さらにそいつのいる宇宙を作ったやつがいる。
その宇宙を作ったやつもいる……。

「どうだ? やっぱりわからないか?」

いや、ちょっと待て。わかった。そんなやつはいない。
宇宙を最初に作ったやつがいたら、
そいつが住む宇宙を作ったやつが必ずいることになる。
だから最初に宇宙を作ったやつはいない。

「じゃあ、なぜわたしたちはここにいるんだね?
 最初に宇宙を作ったやつがいなければ、
 わたしたちはここにいないのではないのかね?」

……ちょっと待ってくれ。わたしは二度目の長考に入った。

そうだ。わたしもわたしの宇宙を作ったやつも、たしかにここにいる。
だから、この宇宙を最初に作ったやつはいる。

だがそれは、物質の世界に住んでいない、形のない何かだ。
なぜなら、物質であれば、必ずだれかが作ったことになるからだ。

最初に宇宙を作ったもの、それを仮にAと呼ぼう。
Aが物質の世界を最初に作った。そのAを作った何かはいない。
Aが最初だからだ。

つまり、Aは初めからいて、ずーっといるが、物質ではない。わかった!

「本当にわかったのか?」

ああ。Aだ! Aが最初にこの宇宙を作ったのさ。

「……Aって何だ?」

わからない。だが、初めからずっといる何かだ。
生まれもしなければ、死にもしない、物質ではない、形のない何かだ。

「そういうのを、『いない』というんだ」

なんと! たしかにそのとおりだ。

「つまり、最初に宇宙を作ったやつは、『いない』ということになる」

……ちょっと待ってくれ。わたしは三度目の長考に入った。

いや、いないんだ。物質の世界には。
物質ではない、つまり言うならば意志だ。
永遠に存在する意志が、物質の世界を最初に作ったのだ。

「ほう。なるほど。たしかに正解だ」

正解だって? 答えがわからないんじゃなかったのか?

「そう。わからない。だが、そこまでは正解なのだ」

わたしは、天が何を言っているのかわからなかった。
すると、天はこう説明した。

「じつは、わたしがおまえたちのAなのだ。
 あなたの物質世界を作った物質でないもの。
 最初からいて、最後までいる永遠の意志。それはわたしだ。
 でも、このわたしの宇宙を作ったやつとは、
 さっき昼寝をする前に話したばかりだ」

さらに天は言う。

「難しいことを言うようだが、わたしはあなたの世界から見れば、
 物質ではないし、永遠にいる意志なのだ。
 なぜなら、わたしはあなたの世界の時間をコントロールすることができる。
 巻き戻し、早送りをして、見たいところを見ることもできる。
 あなたの宇宙を終わらせることもできるのだ。
 あなた方の考え、行動、すべて手に取るように把握している。
 そのように、わたしはあなたの宇宙を創造したのだ。

 しかし、あなたの世界から見たわたしは永遠でも、
 わたしの世界では寿命がある。
 わたしはあなたの世界のAだが、最初のAではないのだよ。
 だからわからないのだよ。いったいだれが最初にこの宇宙を作ったのかね?」

わたしは唸った。わからない。そして疲れてきた。眠たい。……。



どうやらわたしは天を前にして眠ってしまったようだ。
起きたときには天はもういなかった。いくら呼んでも返事はなかった。

天さえもわからない謎。
だが、打つ手はある。わたしの考えはこうだ。

わたしは新しい宇宙を創造する。
そしてその新しい宇宙の中で、すべてを知る者がやがて現れるだろう。

その者は、新しい宇宙を創造できる人間である。
そんな人間に、この問題を聞いてみるのだ。
もしわたしより賢いならば、この謎を解ける可能性がある。

わたしは新しい宇宙を作った。


美しい。
なんと完璧で調和の取れた世界なのだろう。

わたしはこの宇宙のすべての住人に、
このすばらしい宇宙で楽しんでもらいたい。

そして覚えていてほしいんだ。
わたしはこの宇宙のすべての住人をいつも優しく見守っていることを。
あなたが楽しいときにはわたしも一緒に笑い、
あなたが一人で辛く寂しいときには、
そっと寄り添って温かくあなたを包んでいることを。

そしてその人生を終えたなら、あなたはわたしの元に帰ってくるのさ。
だからあなたは一人ではないのですよ。
うっとうしいかもしれないが、いつもわたしがいるわけ。
なぜってわたしはそういう仕組みで宇宙を作っちゃったから。

だからいろいろあるとは思うけど、楽しんでね。
そしてできるだけみんなが楽しめるように助けてあげてね。
なぜってわたしの願いはすべての住人の喜びなのですから。



わたしはそんなことを考えながら、自分の創造した宇宙を優しく眺めていた。
そしてその中で起こるすべてのできごとや、人々の思考を把握して楽しんでいた。

さてと。どこにいるのかな……。いたいた。

そこにいたのは、すべてを知りたいと思っている人間だった。
つまり、わたしの謎解きの後継者だ。

さて今度の後継者は、本当にすべてを知ることができるだろうか?
頼むから、つぎの後継者に先送りしないことを祈る。


はじまりのはじまり 終
posted by marl at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

じゃんけん三国志

1 石国の軍師、鋏国へ発つ

三つの大国が、大陸の覇権をかけて争う時代があった。
世に言うじゃんけん三国時代である。

三つの国の名は、石、紙、鋏といった。

石国の王、すなわちわたしは、石国一の軍師と称される者を呼んだ。

わが石軍は、その尋常でない硬さから、
鋏軍の得意とする切れ味を封じ込めてことごとく勝つことができる。
しかし、紙軍はあの包み込む戦術を得意とするがゆえに、
わが石軍はすべて包み込まれてことごとく負けるであろう。
ならば、石が天下を取るためには、どんな策を用いるべきか。

わたしが軍師に尋ねると、軍師は言った。

「わが国の天敵である紙にもまた、弱点がございます」

たしかに紙軍にも弱点はあった。紙軍は包み込む戦術を得意とするが、
その薄っぺらさゆえに、鋏軍の切れ味にはことごとく負けてしまうのである。

「これを利用しない手はありません」

どう利用するというのだ。わたしは軍師の言葉に耳を傾けた。

「両国を互いに相食み合わせるよう、わが国が仕向けるのです。
 するとどうなりましょう?」

鋏国がことごとく勝つに決まっている。

「そうです。そして残った鋏国を、わが石国はゆっくりと料理すればよい」

おおっ、なるほど! わたしは改めてこの軍師の智謀に驚かざるを得なかった。

「これを二虎競食の計と申します。まずは後顧の憂いである紙国を、
 戦わずして亡ぼすのが上策というものです」

よし、早速計を仕掛けようじゃないか。

「鋏国を説く必要がございます。
 しかし、敵もさる者、この計を見破るやもしれません。
 ですから、わたしめが直接、三寸の舌をふるって鋏国を誑かして参りましょう。
 わたしめが留守の間、くれぐれもご用心を」

そう言って明朝、わが軍師は鋏国に向かって出発したのだ。頼んだぞ。


2 紙国の軍師、石国へ来る

軍師が発った明くる日、石国に使者が訪れた。
紙国からの使者だという。紙国から?
 
わたしは用心しながらも、紙国の使者と謁見した。
紙国の使者はあたりを見回した後、言った。

「最近の鋏国の不穏な動きについて、石国はご存知でありますか?」

鋏の不穏な動き? いやそんなものは聞いていない。どんな動きなのだ?
わたしは紙国の使者から情報を求めた。

「鋏国に稀代の軍師がついた、との噂でございます。
 その軍師が、天下の軍師が思いもよらなかった、
 まったく新しい策を持っておる、とのこと。
 その策があれば、必ず残る二国を討つことができ、
 必ず天下を取ることができる、という噂です」

必ず天下を取る策? そんな策があるのだろうか?
少なくとも、わが軍師が考え出したあの二虎競食の策以外に聞いたことはない。

「どんな策なのか、現在わが国で急ぎ調べておりますが、
 まったく見当がつきませぬ。しかし、この策の噂が本物ならば、
 いま、鋏国を討たねば、天下はやがて鋏国のものになるやもしれませぬ。
 しかし、わが国はご存知のとおり、鋏国には手も足も出ませぬ次第」

わが国の天敵、紙国も歯が立たないという鋏国。うらやましい。
だが、その鋏国にわが石国は余裕で勝つことができるのだ。
ああ、じれったい関係だ。紙国の使者は言葉を続けた。

「しかし、石国が鋏国に攻め入れば、
 鋏国の野望が崩れ去るのは火を見るより明らか。
 鋏国のえたいの知れぬ策が実行される前に、
 是が非でも鋏国に攻め込んでいただきたい。
 かの国を攻めるはいましかありますまい」

なるほど。そうきたか。

紙国にとってみれば、鋏国こそ天敵なのだ。
さては、その鋏国に勝つことができるわが軍を利用して、
その後わが国を攻めるつもりか。
この男、わが国に二虎競食の計を仕掛けにきたのかもしれぬ。

さらに使者は言葉を重ねた。

「万が一、石国が鋏国に攻め込んでいただけないのなら、
 せめてわが国と同盟を結んでいただきたい。
 そして鋏国が攻めてきたとき、わが国を助けていただきたい。
 鋏国に勝てるのは、石国しかございませぬ」

こいつは困った。

わが国は鋏国に紙国を攻めさせるために軍師を放ったのに、
ここで紙国と同盟をすると自らが仕掛けた鋏国を自ら迎え撃たねばならない。
つまり、何をやっているのかわからん。

しかし、無碍に断ると紙国も黙ってはおらんだろう。
そうなったら、石国が滅びてしまう。

しかし、鋏国もそうバカではあるまい。紙国を本気で攻めることはないだろう。
鋏国が紙国を殲滅すれば、残る国は鋏と石。
こうなれば天下はわが石国のものとなる。
そんなバカを鋏がすることはありえない。

わたしはそう説明して同盟を断ろうとした。

「しかし、鋏国稀代の軍師の策次第によっては、ありえないとも言えません」

紙国の使者は食らいついてくる。

ならば、紙国がわが国をもう決して攻めない、と約束するならば、
同盟を結んでもよい。
そのあたりでわたしは手を打つことにした。

「承知いたしました。わが国は貴国に決して攻め入ることはないでしょう。
 ありがたき幸せにございます」

紙国の使者は去った。何か嫌な予感がする。


3 石国の軍師、首尾上々で帰国

一週間ほどたって、わが石国の軍師が帰ってきた。

「殿、ただいま帰国しました。首尾は上々です。
 明日にも鋏国は紙国へ攻め入ることでしょう。
 それよりも、留守中は何ごともございませんでしたか?」

紙国より使者が来て、鋏国を攻めよと進言してきたことを告げると、
軍師は色をなして驚いた。

「なんと! それはいけませぬ」

それはわかっている。わが軍師の策を紙国は用いようとしたのだろう。
わたしは冷静に処理したことを告げた。

「危ないところでした。殿が賢明で何よりです」

ただし、紙国と同盟を結んでいる。

「同盟? それではわが策の意味がないのではございませんか?」

これは紙国がわが国に攻めてこないようにするための安全策である。
鋏国が紙国を攻めれば、反故にすればよい。戦国の習いである。

それよりも、鋏国の稀代の軍師とやらが気になる。
わたしはわが軍師に鋏の軍師について尋ねた。

「会いました。これが愚物で」

何? 必ず天下を取る策を持っている、
と紙国の使者が言っていたが、大丈夫なのか?

「ありえません。必ずわたしの舌に乗せられて、紙国を攻めるでしょう。
 バカと鋏は使いよう、でございます」

ならば安心である。わたしは鋏が紙に攻め込むのを楽しみにしながら、
ぐっすりと眠りについた。


4 鋏国の鬼謀!

明くる日、わたしと軍師のもとに急報が入った。

「鋏軍が紙国へ攻め込んだようです!」

行ったか! わたしはほくそえんだ。

「紙軍のうち、一軍はわが国に向かっている、とのこと」

その紙の一軍はおそらく先日の同盟による救援の依頼だろう。
もちろん断る。これで紙国は滅亡する。その後、鋏国を攻める。
完璧だ。これで天下が取れる。さすがはわが国一の名軍師の策である。

「祝杯を上げましょう」

こうしてわたしは石国の武官、文官を集め、
陽のかげらぬうちから早くも宴を催した。

ついにわが石国が天下統一の偉業を成し遂げる。
それもひとえに、優秀な人材のおかげにほかならない。
今日はおおいに飲んでもらおう。

「杯を掲げよ」

「乾杯!」

そして宴はたけなわになった。

そろそろ紙軍が来る頃だろう。
かわいそうに、追い返すのみだ。いや愉快だ。
わたしは軍師の背中をバンバン叩いた。もちろん、酔っている。

「ハッハッハ。どうやって追い返してやりましょうか?」

その一言に、わたしは杯が止まった。

おい、どうやって追い返すのだ?
援軍を断った結果、逆上して攻め込まれたら、
わが国は亡んでしまうではないか? 

そう言うと、軍師は顔を真っ赤にしながら説明した。

「同盟を結んだのでしょう? 決して攻め込まないと紙国は約束したはずです」

それはわが国が鋏軍を撃退すればの話である。
その気がないなら、話は別ではないか。
しかし、わが軍師はまだ意味がわかっていない。

「ならば、怒らせないよう、丁重にお断りしましょう」

何を悠長なことを言っているのだ。
それどころか、わが国に攻め込むぞと脅されて援軍を強要されるにちがいない。
急いで援軍の用意をしなければわが国は亡んでしまう。

そこへ、護衛の者が走り込んできた。

「か、紙軍がやってきました!」

丁重にお出迎えしろ!

「その数、五万! そして、攻め込まれています!」

護衛は最後にそう叫ぶと、力尽きて倒れた。
え、なぜだ? 救援の依頼ならばわかる。
だがなぜ救援の依頼もせず、いきなり攻め込んでくるのだ?
すると軍師が蒼ざめた顔で叫んだ。

「や、やられた! 紙軍の後ろにいるのは、鋏軍です!
 紙軍を武力で操っています! 
 そうか、これが必ず天下を取れるという鋏の策か!」

な、なるほど! わたしもようやく事態を飲み込んだ。

鋏はわが石の策に踊らされて紙を攻めたかに見えた。
だが実際は、鋏は紙を攻めると同時に、紙を操って石を攻撃してきたのだ!
つまり、同時に紙と石を滅ぼしにかかったのだ。
何たる鬼謀! 鋏め、さすがに切れるわ!

鋏軍に操られた紙軍に、わが石軍はなす術もないまま蹴散らされていく。
わが居城はみるみるうちに五万の紙軍に囲まれ、
わたしの命ももはや風前の灯し火にみえた。

「だめです。もう持ちません!」

軍師が悲鳴をあげる。くっ、もはやこれまでか。無念である。


5 石国、起死回生の策

「……殿。それに軍師殿。最後まで諦めてはなりませんぞ」

後ろから声をかけた者がいる。

わたしと軍師が後ろを振り向くと、そこにひとりの勇ましい武将が立っていた。

「わが軍最強に固い将、猛固鉄ではないか」

この武将も、先ほどの宴でほどよく酔っていて顔が真っ赤だった。

「殿。わたしもすっかり天下を取れるものと思っていたのに、
 なかなか思うようにはいきませんな。
 こうなったら一か八かの賭けに出るしかありません」

賭け? わたしは猛固鉄の言葉に思わず息を飲んだ。

「紙軍を後ろで操る鋏軍を攻撃するのです」

なんと! いや、この紙軍の包囲を突破するのはいくら猛固鉄でも無理だろう。

「しかし、このまま座して死を待つわけにはいきませぬ。
 殿と石国を守るため、命をかけて包囲を突破しましょうぞ」

「いや、お待ちくださいおふたりとも」

軍師は鋭い顔つきに戻っていた。

「猛固鉄殿。できるだけ早い馬と速攻の得意な部隊を急ぎご用意くだされ。
 そなたを無傷で鋏軍の心臓部へ送り込む起死回生の策を試みましょうぞ」

死中に活あり、なのか?
いや、いまはっきりと言えることは、
わたしの命運はこの軍師のいう起死回生の策に委ねられているということだ。

軍師は続けた。

「わたくしめ、このたびは鋏の計略に踊らされ石国をかかる憂き目に
 遭わせてしまいましたが、これでも石国一と言われた軍師です。
 ここは汚名をそそぐべく、命をかけて紙軍を説得し、
 猛固鉄殿が鋏軍へ突撃する道を開いてごらんにいれましょう!」

そう言うと軍師は前方へ歩み出て手をかざした。

「紙軍の兵士よ! わが言を聞けい!」

「……おい、とうとう軍師が出てきたぞ!」

「降伏するつもりか?」

 紙軍の兵士はいったん攻撃の手を緩めて耳を傾けた。わが軍師は言った。

「なんじら、石国を攻め滅ぼしていったい何が残ろうか!」

「……紙国と鋏国だ!」

「左様! 残るは紙と鋏! よって紙国が敗れるは必定!
 ならばなんじら、何を好んで自滅の道を急ぐか!」

 すると紙軍の中からひとりの武将が現れた。

「石国の軍師よ! そんなことはわかっている!
 できるならばわれわれも石を滅ぼしたくはない!
 だがわれわれは不覚にも鋏の計略にかかり、
 武力をもって脅されいまや鋏軍の手先となる始末。
 もはやわれわれに退路などない! 行くも地獄、帰るも地獄!」

「あわれなり、鋏に誑かされ迷走する紙軍よ。
 しかし、かりそめにも石と紙はついさきに同盟を結んだばかり。
 いずれにしても死あるのみならば、なにゆえ約をたがえて恥の上塗りをし、
 後世にその汚名を残さんとするか!」

「!」

「そしてここに紙国を救う起死回生の策があるとすればどうか!」

「えっ!」

「よく聞けい、紙軍の兵士たちよ! ここから鋏軍までの道を開けよ!
 ならばわが石国の誇る将、猛固鉄が城門より精鋭を率いて風のごとく疾走し、
 なんじらを苦しめる鋏軍を瞬く間に一掃するであろう!」

「なっ!」

「いまや鋏軍はわれわれの共通の敵。これまでのことは水に流し、
 ともに力をあわすれば鋏の野望を打ち砕くこと、昼寝するよりたやすいわ!」

「その言葉、まことか?」

「何を偽ることがあろう! われわれの言はそれこそ石のように固いわ!」

そこに猛固鉄が部隊の用意を整えて紙軍の前に姿を現した。
そして地響きのするような声で叫んだ。

「ええええい! 紙軍よ、わが道を開けえい!」

「……わかった! わが紙軍よ、鋏までの道を開けえい!」

軍の武将が叫ぶと、おびただしい紙軍の包囲のど真ん中が割れて、
一筋の長い道が現れた。おおっ、信じられん! まるで十戒だ!

すかさずその道を駆け抜けるのは猛固鉄の部隊である。

「駆けい駆けい!」

あわてたのは鋏軍である。

「お、おい! 包囲を解くな!」

「ええい、閉めんか!」

「石の武将をただちに潰せい!」

鋏軍の兵士は紙軍に圧力をかけた。

「急げい! わが疾風の精鋭たちよ!」

だがそこは鋏軍には逆らえない紙軍。
その圧力に、石のために開かれた道は少しずつ狭くなっていく。

(くっ、間に合わん……)

いよいよ道が閉じようとしたその刹那、楼上からわが軍師の声が戦場に轟いた。

「こらえよ紙軍の兵士よ! いまここで道を閉ざせば鋏の天下!
 ならば、この道はなんじらの希望の道でもあろう!」

「!」

「天よ、わが道を開けええい!」

猛固鉄が叫ぶとほとんど同時に、道が再び大きく広がり始めた。
そして猛固鉄は紙軍の分厚い壁を抜けきったのである。
抜けた! たしかに抜けたぞ!

そしてついに猛固鉄は鋏軍と対峙した。

「なんと、どうみてもわずか数百ではないか。
 これだけの少数で五万の紙軍を操っておったとは!」

対する猛固鉄は精鋭五十である。

「ええい、わが石の精鋭たちよ!
 ここまでくれば兵の数は問題ではない。鋏軍を一掃せい!」

「おう!」

鋏軍は一気に崩れた。
猛固鉄の部隊はその壊走する鋏軍を掃討すべく馬に鞭を入れた。
数分後、鋏軍は残らず片付けられた。

「よし! やったぞ」


6 恐るべき誤算

こうして猛固鉄は石と紙の兵士の大歓声を浴びながら城へさっそうと凱旋した。
そして城門へと駆けながら楼閣で待っているわたしに向かって叫んだ。

「殿! 石国と紙国は助かりましたぞ!」

「おおっ!」

いっそう大きな歓声がこだました。わたしは背筋が震えた。

「殿、凱旋将軍にお言葉を」

わが軍師が目に涙をためながら言っている。
よし、よくやってくれた猛固鉄よ!
おまえは最高の武将である。石国の英雄である!

「は、はっ! ありがたきお言葉!」

わたしが賛辞を述べると、猛固鉄は下馬して平伏した。
わたしは気分よく続けた。

そして紙軍の兵士よ!
協力、まことに感謝する。
よくぞ鋏軍の圧力にこらえてくれた!

すると紙軍の武将が前へ現れて言った。

「石国の王よ! そして軍師殿、猛固鉄殿!
 よくぞわれらを窮地から救ってくれた。この恩は一生忘れん」

いやいや、困ったときはおたがい様である。
同盟を結んだ仲ではないか。

わたしがそう言うと、紙軍の武将は恐るべきことを言い放った。

「その同盟により、さっそくだがわが紙国へ同行願いたい」

え?

「わが国はいま鋏軍に猛攻を受けている最中。
 鋏に勝てるのはさきほどと同様、石国しかいまい!」

ちょ、ちょっと待ちたまえ。

「待てぬ。もはや一刻の猶予も許されない。
 ただちに行軍の準備をなされい。
 さもなくばわが紙軍は石国を武力で脅してでも連れていくがそれでもよいか!」

げっ! わたしと軍師は顔を見合わせた。
……鋏軍を生かしておくべきだったかな?

紙の武将はたたみかけてくる。

「どうするのだ! 行くのか、行かんのか!」

……行きたくない。どうしよう。

「石国の言はそれこそ石のように固いのではなかったのかね?」

い、行かせていただきます!

「よし。ならば五万の兵を用意していただこう」

……そんなにまだいるのか?

「とにかく、いるだけかき集めて行きましょう……」

こうしてわが石国は勝利の美酒に酔いしれる間もなく、
いやすでに猛烈に酔ってはいたが、紙軍に操られて紙国へと急き立てられた。

「よいか! ここから紙国まで約半日、休みなく馬で駆けぬける!
 石軍が先頭に立ち、われわれはその後ろを進む。
 離反の心ある者は同盟を破棄したものとみなして
 討ち捨てるからそのつもりでおれい!」

紙軍の武将は全軍に号令した。


7 石頭の由来

しかし、にわかに信じがたい展開である。

ひたすら馬を駆りながら疲れきったわたしは横を見た。
並んで走る軍師は声すらない。

おい、猛固鉄。おまえ英雄だったら何とかしてくれよ?

「いや、わたしも鋏には滅法強いんですが、紙にはまったく手も足も出ません」

うおえっ。気分が悪い。吐き気がする。

「そういえば、まだ酒が抜けませんな」

「こらそこ! 私語はやめんか」

あ、すみません……。

まったく、石国の王たる者がこの惨憺たる行軍である。
が、まあ仕方ない。

人の一生なんてどうせ泥まみれよ。
それでもおれは死ぬまで生き抜いてやるぞ。


半日死ぬ思いで駆け続けると行く手に城が見えた。

「あれだ! 紙国の城だ」

すかさず後ろから紙軍の武将の声が飛んできた。

「石軍! ただちに鋏軍を強襲せよ!」

もう死にそうである。

だが、城は思ったより静かだった。
そしてよくよく見ると、城内では鋏軍が武力を生かして後ろ側でのさばり、
紙軍が前方で陣を布いて石の援軍に備えていたのである。

わが軍師はため息をついた。

「また鋏のやつら、紙軍を後ろから操っています」

さすがである。やはり鋏は頭が切れるようだ。

「殿。どうやらわたしたちも、鋏の使い方を覚えなければなりませんね?」

そうである。わが石軍も頭を使わねばこの時代を生き残れない。
紙を倒すために、鋏を利用するのだ。

だがそのためには、また紙軍の包囲を解かねばならん。
ここはまた軍師の出番である。
もう一度紙軍の兵士を説得し、道を開けさせよう。
そこに猛固鉄をもう一度突っ込ませる。これしかない。

「わかりました。それで猛固鉄殿。今度は鋏を全滅させてはいけませんよ?
 捕らえて利用しなければ石国に帰れませんからね」

「了解した」

「紙軍の兵士よ! わが言を聞けい!」

こうしてわが軍師は城に布陣する紙軍を再び説得し、
また道をこじあけさせてそこに猛固鉄を突っ込ませた。

そして猛固鉄は鋏軍を手早くまとめて
そのまま城外へ連れ出し今度は残る紙軍を駆逐。
無事わが石軍は石国に帰還することができたのである。

この三国動乱の決着はどうなったか。
もうみんないい加減疲れたので仲良く暮らすことにしたという。
ただ、後世の人々は、
鋏の使いようをまちがえるようなバカ者をたとえて

「石頭」

と呼ぶようになった、と聞いている。わしのことやないかい。


じゃんけん三国志 終
posted by marl at 20:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。