2008年03月05日

加速する社会の中で考える

今から五十年程前、日本は戦争をしていた。

私は戦争を知らないから何とも言えないけども、
神風特攻隊、一億総玉砕に象徴されるように、
国のために戦って死ぬような人間が理想的であると
されていたんだろう。

カンボジアでポルポトって人が政治をしていた時、
権力を持った子供が整列した大人を銃で撃っていたのをテレビで見た。
どちらも信じられないような話だけど、
時代や場所によって理想的とされる人間は変わるということか。
教育とはその時代の社会に必要な人間を育てることを
目的としているのかもしれない。

それじゃ戦後の日本や世界はどんな人間を育てたかったのか
と考えたら、やっぱり優れた人間やと思う。
だから教育は、努力して人と競い合わせることによって、
人に負けない人間、能力の高い人間を育てようとしてきた。

さらに世界は競争が激化していて、
あらゆる組織はさらに優れた人間を欲しがっている。
教育もそれに応えるがごとく、
偏差値教育によりバンバン能力を磨かせてきた。
その反動でゆとり教育が立ち上がったが、肝心の大人社会は
ゆとりがなくなる一方だから、またその揺り返しが来ている。

確かに戦後、日本は何もなかったやろうから、
優秀な人間がたくさん必要やったと思う。
そして技術を発展させて戦後を乗り切り、ついには経済大国となった。
それで俺みたいな若い人間が、
今のようなモノの豊かな社会に生きることができるようになった。
それはホンマにありがたいし、感謝している。

しかし今の社会は、すべてが無機質で機械的になってる。
多様性というのか、個性というのか、
いわゆる人間らしさがなくなってしもうた。
昔はもっと人の温かみがあったはずなのに、
いったいどうなってしまったんや。

教育もそう。
缶詰を箱詰めして出荷しているのと同じように見えた。
安定した品質を持つ製品を作ることを目的とし、
出てきた不良品ははじいてるように見えた。いまはどうですか?
知っている方がいたら教えてください。

思うに、工業を発展させた同じやり方で
人間も作ろうとしたのだろう。
幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、社会という
ベルトコンベヤが組まれた工場を、
品質に応じて自分という製品が進んでいく、みたいな。

しかし、この社会全体が巨大な機械、
冷たいコンピューターみたいになっていく限り、犯罪も増えるだろう。窮鼠猫を噛むの例えどおり、
人間追い詰められたら犯罪でも何でもするから。

今、日本は飽食の時代と言われ、
一見衣食は足りているように見えるが、
明日の生活に不安を覚えたり、
実際に生活に困っている人がいる以上、
本当に足りているとは言えない。
衣食足りて礼節を知るという意味は、
生活に何の不安もなくて心が満たされている時、
初めて礼節を守れるという意味だろう。

ところがこのご時世、生活に不安がない人なんて少ない。
それでも日本は裕福な方で、たとえば世界には
労働者が40億人いるらしいが、13億人が一日2ドル以下
の収入しか得られていないのである。
心にゆとりどころか、ほとんど満たされていないんじゃないか、
とさえ思うときがある。

そんな裕福な日本の労働者は仕事におわれて残業の嵐。
従って今後、自殺者がさらに増えても何の不思議もない。
私も普段はわりとニコニコしているつもりだけど、
こんな忙しくて夢のない世の中、
楽に死ねるならとっとと死にたいと思っている。

少子化なんて言うけども、当たり前や。
子供なんか産んでもしんどいだけというのは
若い奴はよく分かっている。

生まれてくる子供もかわいそうや。
地球環境がさらに汚染されて、どんどん厳しくなる社会に生まれて、
ひたすら戦って争ってどやされてボロボロになって、
もらえるのかどうかも分からない自転車操業の年金や保険に
頼るしかない孤独な社会に自分の子供を放り出したくはない。

それでも電車やエレベーターの中で小さな子供を見ると、
やっぱり微笑ましく思う。
やっぱり何かをせなアカン、
この社会を何とかせなアカンって強く思う。
それでも社会は忙しく動いているし、
そんな未来がどうのこうのって考えている余裕があったら仕事しろと
上司に怒られるだろう。

おそらく地球の未来だとか、
天下国家を考えているサラリーマンなんて
今の世の中ほとんどおらんのじゃないか。
若い奴がウンチクを垂れたら、「青いな。」なんて言われるだけ。

まあ確かにその通りではあるんだけども、悲しいとは思わないか。
社会を引っ張っている大人が未来を考えなくて、
ただ目の前の仕事をこなしているなんて幼稚すぎるのではないか。

確かに今は未来どころか、
明日食えるかどうかっていうくらい切羽詰っている。
そして目の前の仕事しか考えられなくなるぐらい本当に忙しい。
狂気の沙汰である。

明るく楽しく、今を生きている人には暗いなあと
言われるかもしれんが、この社会はホンマに夢も希望もない。
こう思うのは俺だけなんだろか? 
それともみんなどこかで失望して夢見ることを諦めてしまうんだろか?
みんな黙っているし、割と楽しそうだし、そこが分からない。

それでも梅田駅で満員電車に共に突っ込んでいく人々を見ると、
みんな頑張って働いているんやなあと思う。
こんな厳しい世の中なのに、
俺が生まれる前からオヤジは仕事をしていて、
もう三十年にもなるんやなあと思うと、
いろいろと大変やったやろうなと時々フッと思う。
これから俺がその道を歩むんやなあと思うと恐ろしくてゾッとする。

仕事を辞めた人の話や噂を聞いたら聞いたで、
そりゃこんだけしんどくてオモロなかったら辞めるわなって思う。
やっぱりみんないろいろと大変なんやで。

そして、とにかく忙しくて何かと腹が立つ世の中であるけども、
たくさんの人と一緒に笑っている時、
唯一心が満たされる気がするのである。

(続く)

(この文章はわたしが25ぐらいのとき、社会人になった頃、
 現実の社会を知って感じたことを、ストレス発散的に書いた
 ものです。33になってちょっと修正しながら書いていきます)
posted by marl at 00:51| Comment(0) | TrackBack(1) | 教育から考える社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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