2005年05月14日

天国か地獄か

閻魔さんは思ったより親しげであった。


「おお、お疲れさん」


さきほど死んだばかりのわたしは、閻魔さんに向かってこう言った。
どうです? 見ていたでしょう、わたしの人生。


「おお」


とにかくわたしの人生は、
だれかに仕組まれていたかのようにずっとずっと苦しかった。
しかし、わたしはウソのひとつもつきませんでしたし、
人を悲しませるような行いもしませんでした。


「苦しかっただろう?」


もうホント、苦しかったですよ。


「じつはな、あれ、あんたの言うとおり、仕組まれていたのだ」


やっぱり! やっぱりそうでしたか!
わたしもうすうす感づいてはいましたが、
あれらの苦しみは、すべてわたしへの試練だったのですね?


「まあ、そういう人もおる」


特にあの人生後半の苦しみといったら、悲惨としか言いようがない。


「そうだろう。あんたの行ったところでは、
 後半ほどキツイように設定されている」


なるほど。そうでしょう。
しかし、わたしは自分に負けませんでしたよ。
どんなに苦しくても、歯を食いしばって、
負けるもんか、逃げるもんか、と一生懸命がんばりましたよ。


「苦しかっただろう?」


もうホント、苦しかったですよ。


それで、わたしは何点ですか?


「何点?」


そうです。
こんなことを言うと自慢みたいですが、
けっこういい点数を取ったかな、と思っています。


「そんなものはないよ」


ええ? わたしは不安になった。
じゃあ、わたしはいったい何のために嫌なことを嫌々してきたんですか?


「そりゃあんた、自分のやりたいことをしなかったからだろう?
 自分のやりたいことをしなかったら、
 他人のやりたくないことをやらされるようになってるんだよ



そ、そんな……。


「まあ自分で地上に降りていったんだから、人のせいにしちゃあいけないよ」


……わたしは自分で地上に生まれていったのですか?


「そう。覚えてないかね?」


そうか。そうだったんだ。
わたしはきっと、試練を乗り越えて、
自分の使命を果たすために、自ら地上に生まれていったんだ……。


ひとり人生の意味を噛み締めているわたしに対し、
閻魔さんは涼やかな顔をして尋ねた。


「なぜ点数がほしいのかね?」


え? そりゃあ、いい点数をつけてもらいたいじゃないですか。
八十点以上だったら天国に行ける。
そう思って、苦しいときもずっとがんばってきたんですから。


「おれにはさっぱりわからんなあ。
 人から点数をつけてもらわないと安心できないという神経が」


なぜです? 人から誉められたら嬉しいじゃないですか?


「そりゃ嬉しいよ。でも、何をして誉められるかによるよ。
 もしあんたが教科書通りの百点満点の人間になったとして、
 それがいったいどうだっていうんだ?」


どうって?


「みんな、『へえ、そうなんだ』と思うだけ。ただそれだけさ」


……そんな。


「点数をつけられて喜んでるということは、
 だれかが作った型枠にはまって満足してるということさ。
 けれど、そんな他人の作った理想像になったところでいったい何になる?
 そんなものは偽物にすぎないと思わないか?」


……。


「わたしは何人もすごいなあと思う人を見てきたけどね、
 そんな人に共通するのは、他人の真似をしなかったってことなんだ。
 彼らは教科書にしたがったのではない。
 自分のビジョンにしたがったんだ。

 彼らにとっては、教科書なんてどこにでも転がっている。
 そしてそれは、自分が学ぼうとしたときだけ見えるもんなんだ」


……。


「大切なのは、自分がどうしたいのか、そのビジョンだよ。
 そのために教科書が必要なら、思う存分学べばいい。
 点数もビシバシつけてもらえばいい。
 だが、教科書や点数の奴隷になっていてはだめなんだ」


不安になってきたわたしは、気になっていたことを思い切って尋ねた。
閻魔さん?


「どうした? 顔色悪いよ?」


まさか、わたしが地獄に行くはずはありませんよね?


「……まあ、あんた次第だな」


ええ? どういうことですか?
わたしはたくさんの善行を積みましたよ。
そんなわたしが地獄へ行ったら、みんな地獄へ行かなきゃおかしいですよ。
そんな理不尽な判決、わたしは認めません。控訴します。


「控訴って」


わかった! あんた次第だと言いましたよね?
つまり、賄賂を求めているんですね?
なんと汚らわしい!
地獄とは、あなたの心の汚れを言うのです。
わたしを裁く前に、まずその汚れから取り除きなさい!


「ちょっと、まあ落ち着いて」


では、わたしは天国行きですか?


「……ああ、ここは天国だよ」


よ、良かった!
じつはここにくる前、閻魔さんは傲慢で
人を正しく裁いてくれないんじゃないかと心配していました。
でも、本当は分別ある立派な方なんですね。


閻魔さんは大きなため息をひとつついた後、
テーブルに置いていた眼鏡をかけ、閻魔帳をめくりながらつぶやいた。


「みんなに同じことを何度も言うけどね、
 別にワタシャ何も裁きゃしないよ?
 さっきも言ったように、人に点数をつけるのは嫌いだ」


そうなんですか?


「そう。なのに地獄の好きなヤツがいてね、
 行くなと言うのに勝手に行ってしまうのよ。
 それで苦しかった、苦しかったと言いながら嬉しそうに帰ってくる」


バカなヤツもいるもんだ。
閻魔さんもそんなヤツがきたら、止めてあげなきゃ。


「そうだろ? だから、もう行くな。頼む。見ていて辛い」


は?


「だからここが天国、地上が地獄なの! わかった?」


え、ええ! 


仰天するわたしを見て、閻魔さんは思わず噴き出した。


「ま、ゆっくりしていきな」


天国か地獄か 終
posted by marl at 03:03| Comment(3) | TrackBack(1) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月11日

蝸牛の気持ち

朝起きると、わたしはカタツムリになっていた。なぜ?


隣には友人のニシキマイマイがいる。どうしよう?


とりあえず、話しかけることにした。


……なあ?


「どうした?」


わたしはふと疑問に思ったことを尋ねた。


なぜおれたち、カタツムリなんだ?


するとニシキマイマイは驚いて、二本の角を出した。


「おまえ、生きる意味を悩んでいるのか?」


ニシキマイマイは、二本の角を交互に出し入れしておどけてみせた。
しかし、わたしは真剣である。


ちがう。
おれの言っていることは、もっと高度に生物学的なことなのである。
すなわち、なぜおれたちは、カタツムリのままでいるのか。
それが知りたいのである。


「……」


ニシキマイマイが黙っているので、わたしは身振りを交えて説明した。


つまりこういうことさ。
最初の生物は海から生まれた。やがて陸に上がった。
そして生命は進化を繰り返し、
空を飛ぶ鳥や、道具や言葉を使う人間まで現れた。
アイツらは高度に進化した生命のひとつだろう?


「ふむ」


しかし、おれたちは何だ?
カタツムリのまんま、何も変わっていないじゃないか。
おれたちはなぜこんな状態になってしまったのか?
これ以上、進化しないのか?


するとニシキマイマイは言った。


「……おれが思うに、進化とは、環境への適応にすぎないのだ。
 つまり、おれたちはおれたちなりに環境に適応したということだと思うよ」


これで? よく言うよ。もっとおれは高度になりたい。


「鳥みたいに?」


そう。空を飛びたい。


「やめとけって。きっと寒いよ。
 高くなると気温が下がるっていうからさ。
 もっとも、鳥たちはもともと恐竜だったんだ。
 それが環境に適応して進化して、空を飛ぶようになった。
 それで寒いと感じたやつらが羽毛を持つようになった、という説があるんだ」


じゃあ、人間はどうだ?


「あれだけはやめとけって。とにかく忙しいらしいよ。
 おれたちみたいなトロい生物に勤まる代物じゃねえよ」


でも、みんな人間みたいに賢くて、機敏で、
言葉も話せて、道具も作れて、火も使えるように進化したら、
それはすごいことなんじゃないか?
おれたちももっと高度にならなきゃ、ほかの連中に申しわけが立たないよ?


するとニシキマイマイは首を横に振った。


「いや、それはちがうと思うぞ。考えてもみろ。
 おれたちを含めて、すべての生物が人間になったら、
 自然界のバランスが取れないじゃないか。
 いったい人間は何を食うっていうんだ?
 そうなったら共食いするしかねえよ」


バランス……か。


「しかも、そういう問題だけじゃないんだ。
 同じ種類の生物しかいない場所の環境がガラリと変わったら、
 変化に対応できなくて全滅だぜ?」


はあ……。そういうものかな?


「そうだよ。生物に多様性がなくなれば、
 それだけ生態系が不安定になるということなんだ。
 しかし、生物に多様な個性があれば、環境の変化が起こったときに、
 生き残る生物もたくさんいるということだよ。
 つまり個性とは、新しい未来の可能性なんだよ


なるほど。こいつは意外に賢いな。


「だから、
 おれたちはおれたちでいいんだよ。立派にひとつの生命じゃないか。
 よく見てみな、この背中の渦巻きを。
 こんなに美しいものを持っているのも、おれたちだけだぜ?」


わたしは背中の渦巻きを見た。そう言われると、そんな気もする。
近くで見ると、なかなか壮観である。


「それに、あんたの渦は左巻きだろ? 十分個性的だよ」


そうなのか? わたしは背中の渦の巻き方向を調べた。


「一般には右巻きが多いからな。
 まあ右巻きと左巻きなんて一見どうでもいいようだけど、
 この差が何かの弾みで大きな差になるかもしれないんだ」


どういうことだ?
するとニシキマイマイは身を乗り出して説明し始めた。



「つまりこういうことさ。
 砂漠に住む鳥がいてね、その鳥は砂の中に潜む虫を食べて生きていたんだ。
 ところがその虫の数が環境の変化で激減した」


そりゃ大変だ。


「そう。大変なことになった。
 当然、その鳥の数も激減した。
 でも絶滅はしなかった。なぜだかわかる?」


まったくわからん。


「くちばしがたった数ミリ、長い連中がいたのさ。
 それでそいつらは地中深くに残っている虫を食べることができたので、
 結果として絶滅をまぬがれたのさ」


はあ〜、なるほど。


「長いくちばし。これが種を絶滅から救った個性だったというわけ」


意外な個性だね。
そうだ、わたしも思い出した。こんな話もあるよ。
今度はわたしが身を乗り出して説明した。


これは人間の話なんだけど、
仕事ができなくて上司たちに怒られてばっかりの部下がいたんだ。
けれど、その部下はどんなに怒られてもいつも適当にやり過ごした。
まったくふさぎ込む様子もなくいつもヘラヘラ笑ってたんだ。


「ふむ」


そんな中、環境の変化で上司たちもきっちり成果を求められるようになった。
すると、じつはそれほど仕事ができるわけでもなかったその上司たちは、
地位も名誉も年収も一気にダウン。それでとうとう会社をクビになってしまった。


「そりゃ大変だ」


そう、大変なことになった。
結局、ほとんどの上司が絶滅した。
でも、人間は絶滅しなかった。なぜだかわかる?


「まったくわからん」


初めから仕事ができなかった部下だよ。
彼は環境が変わってもまったくいつもの調子で日々を過ごしたんだ。
それでとうとう会社をクビになってしまった。


「そりゃ大変だ」


いや、それが全然大変じゃないんだ。
彼は会社をクビになっても、
まったくいつもの調子でひょうひょうと生き続けたんだ。
だから結局、子孫をたくさん残して、
自分も笑いのある豊かな人生を送ったんだ。


「はあ〜、なるほど」


太い神経。これが種を絶滅から救った個性だったというわけ。


「意外な個性だね」


ニシキマイマイはうなずきながら言った。


「つまりそういうことだよ。
 どんなものでも見方しだいで長所になる。
 だからあんたの左巻きの渦も、あながち役に立たないとは言えないわけ」


……何か、むかつくんですけど。
わたしはニシキマイマイの顔をじっと見た。


……おかしい。これは絶対夢だ。
そろそろ目が覚める予感がする。
そして会社に行かねばならない気がする。


でも楽しかったよ。ありがとうニシキマイマイ。
わたしも自信を持って生きることにするよ。
そしてさらばだニシキマイマイ。また会う日まで。


蝸牛の気持ち 終
posted by marl at 01:26| Comment(4) | TrackBack(1) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月07日

未来からの使者

1 天狗現る


男がひとり、森の中にいる。


裸に木の葉一枚。
渓流の岩場にあぐらをかいて釣り糸を垂れるその姿は、
どうみても原始人にしか見えなかった。


わたしは男の方へ石を投げてみた。


裸の男はあたりを見回したが、気づかない。
男は竿の先へ視線を戻した。


そこへわたしは空中を漂って静かに移動し、男に話しかけた。


「!」


裸の男から見れば、わたしも変わり者だろう。
真っ赤な天狗の面をかぶっているから。


よっこらしょっと。
わたしは裸の男の横に腰を下ろした。
わたしは頭から足の先まで、すべて天狗の衣装で身を固めている。


裸の男は、そのまま構うこともなく竿の先をじっと見ている。
驚いた様子もない。


釣れるかい?


「……これからだ。じつは、大物を狙っている」


なるほど。そう言うあんたは釣天狗、というわけだ。ガハハ。


「……」


反応はない。
ちなみに釣天狗というのは、魚釣りがうまいとうぬぼれているやつのことである。


まあいい。


未来にはこんな美しい川もあまりない。存分に釣るがいいさ。
わたしは自分の正体についてヒントを投げかけたつもりだったが、
裸の男はピンと来ない様子で別のことを尋ねた。


「……その、かぶりものは何だ?」


ん? 天狗だよ。何だ、知らないのか?


「知ってるよ。けれど、何でそんなものをかぶっているんだ?」


フッフッフ。いい質問だ。天狗はな、お面をかぶらなければ話にならないのだ。


「?」


きょとんとしている裸の男。仕方ない、教えてやろうじゃないか。
わたしは両手を広げて正体をさらけだした。


じつは天狗とは、未来からの使者なのだ。


「……」


驚いた様子もない。というより、明らかに軽蔑の眼差しである。
わたしは広げた両手をやれやれというジェスチャーに切り替えた。


まあ怪しいと思うのも仕方ない。しかし、よく考えてほしい。
本物の天狗っていったい何なんだ? よっぽど怪しいとは思わないか?
まだお面をかぶった未来からの使者の方が、本物らしいと思わないか?


わたしは長い鼻を触りながら説明した。
天狗が出たという言い伝えが残る地方はたくさんあるだろう?
あれらはすべて、タイムマシンでやってきた未来の人間なのさ。


嘘ではない。タイムマシンは未来において発明されたのである。
もう少し上流の天狗岩に止めてあるが、見にいってみるか?


「いや、いい」


珍しい。
こう誘われてタイムマシンに乗り込んでしまい、
どこかに行ってしまう人は多いのである。
俗に言う、天狗の神隠しである。


しかし、タイムマシンでやってきたといっても、さっぱりわかってくれない時代もある。
ちなみに、ここはいつの時代だろう?
この男の恰好からすると、ずいぶん昔に来た可能性も否定できない。


いや、ひょっとすると未来に来た可能性もないわけではない。
エネルギーを使い果たした人類は、科学技術を捨ててついには裸で生活する。
いい話じゃないか。


裸の男は興味がないのか、竿の先に視線を固定している。


まあいい。とにかく過去に来たことにしよう。
それよりこれを見てみな?
たいていの場合、天狗は当時の人々には考えられない力を持っているだろう?
それらはみな、科学技術というものの仕業だ。


ほら、さっきの忍び足もこれを使ったのさ。
そう言いながら、わたしは得意げにするすると地面から浮かび上がってやった。


「!」


これにはさすがに裸の男も驚いたらしい。
これは簡単に言えば、超伝導による磁石の力を利用しているのだ。
だが詳しいことはよくわからない。
科学技術の中身なんて、ほとんどの人間はわかっていないのだ。


「……驚いたな。となると、さっきの石も何かあるのか?」


あれはただの石を放り投げただけである。


しかし、ここにきてようやく裸の男はわたしの力に興味を持ったのか、質問を続けた。


「天狗をする目的は何だ?」


娯楽である。


わたしは浮かび上がった状態から再び地上に降りてきてそのまま腰を下ろした。
裸の男は訝しげな顔をした。


「さっき、『未来からの使者』とか言ったろう?
 人間を救うためとか、何か理由はないのか?」


ない。
いつの時代も人間は、その時代に応じてそれなりに生きている。
何を未来の人間が偉そうに言うことがある。


それより、わたしにも疑問があった。この男、なぜ服を着ていないのだろうか?


「ちょっと理由があってな。いまは裸だ」


裸の男は釣り針を川から引き上げ、糸をたぐりよせておもむろに餌をつけ直した。




2.すばらしい科学技術と未来


「未来の話を聞かせてくれよ」


釣り針を再び川の中に落としながら裸の男は言った。
待ってました。何を話そうかな……?


よし、ではドリームドアの話をしてやろう。


ドリームドア。
その扉を開けると、世界中の行きたいところへ、
どこへでも行けるというまさに夢の扉だ。
科学文明は恐ろしいスピードで進歩した。
それでとうとう、人間はドリームドアを手に入れたのだ。


詳しい原理はわからない。それが科学技術に対する一般人の認識だ。
だが、簡単に言うとレーザーを使うらしい。


「レーザー?」


ああそうだ。
紫外線よりも波長の短いレーザーを、ドアの上部から照射するのだ。
人がドアを通ると、そのレーザーによって通った人の原子配列が読み取られる。
そして、その場所から切り取ってしまう。


「原紙配列?」


ああそうだ。
だが、いなくなってしまうのかというとそうではない。
その人が行きたいと思っている場所は、
体内に内蔵された数ナノメートルほどの微小なチップが記憶している。
ドリームドアはその情報から、行きたい場所へ正確に、
その人の原子配列を再現するという仕組みだ。


「数ナノメートル?」


ああそうだ。
しかし、問題もある。
行きたいと思う場所が定まらないまま、ドリームドアを通ると悲劇が起こるのだ。


あるサラリーマンは、家に帰ろうと思ってドリームドアをくぐったのだが、
どうも週末でムラムラしていたのだろう。下半身だけキャバクラへ転送された。


「キャバクラ?」


ああそうだ。
周囲は一瞬にしてパニックだぞ。
とりあえず上半身は家に着いたが、あなた下半身はどうしたの? という話になる。
下半身が送られてきた店の方もたまらんぞ。何だこれはという騒ぎになる。


ほかにもある。
せっかく夢いっぱいでドリームドアをくぐったのに、
途中で制御系がフリーズしてしまい、
どこに行ったんだろうと言われながらそのままうやむやになってしまったヤツもいる。


「フリーズ?」


ああそうだ。
まったく大問題だよ。
でもな、最後はお星様になったんだということで強引にケリをつけたんだ。
いくら科学技術が進歩してもそんなもんだよ世の中なんてな。


さて、ドリームドアを開発したのは、
ナノテクノロジー関連企業に勤めている技術者だった。
その企業はもちろん特許を取って、一台五億円で売り出した。
とにかく高い。だが、最初高いのは仕方がない。
そのうち一億円ぐらいに落ち着いたってわけだ。それでも庶民には厳しいな。


……どうもおかしい。どうも話を理解していないんじゃないか。
そうだ、忘れていた! 時代の異なる人間に、話が通じるわけはないのだ。


わたしは懐からもうひとつ、天狗のお面を取り出して裸の男に見せた。
これをつけてくれ。


「おれもお面をつけるのか? いやだよ」


いや、これはただのお面ではない。
意味のわからない言葉を理解し、イメージを共有するマシンなのだ。
時代を超えて飛びまわる天狗が物語をするのに必須アイテムとされている。
だから天狗はお面をつけなきゃ話にならんのだ。


「必須アイテム?」


いいからつけろ。わたしは裸の男にお面をかぶらせた。
そしてさらに扇子を取り出し、講談師のように膝をタンッと一回景気よく叩いた。


さて!
ドリームドアを開発した会社の社長さんは、もちろん記者会見を開いた。


「おお! 見える! 見えるぞ!」


社長いわく、


人類の歴史において、
とうとう科学が頂点をきわめた日がやってきたのです。
わが社は世界に大きく貢献し、人類の歴史に輝かしい功績を残しました。
わが社はすごい。そして、そんな会社の社長であるわたしは、もっとすごい。


こうして世界は大騒ぎになった。


しかし、この発明により、世界は豊かで幸せになったか?
いやいや、いきなりドリームドアを狙った強盗が現れる。


金持ちの家に侵入した犯人は、警察に捕まった。そしてそいつの言うことには、


「とにかくどこかへ行きたかったんだよ」


それで人情ある裁判官は、犯人をドリームドアで刑務所に送った。


さらにその企業に勤めている人間が、ドリームドアをこっそり盗んだ。
しかしそいつは、会社にドリームドアを使って通勤したのですぐばれた。


それに空き巣の急増。件数はそれまでの千倍に膨れ上がったな。


さらにはお年寄りの銀行口座を狙った犯罪も多発したな。
それがたいていは未遂に終わったんだ。


なぜかって?
信じられないかもしれんが、容疑者を捕まえてみると、
じつはみんな狙われたお年寄りの若い頃の自分だったのだ。
自分の口座なら、簡単に貯金を引き出すことができる。
そう気づいた連中が、若いうちに未来へ飛んでいって、
自分が老後蓄えてあるはずの貯金を根こそぎ持っていこうとしたのだ。


ところがそんなことを考えるやつに、老後の貯金などないわけ。
こうして計画は未遂に終わった。
だが、怒りが収まらない若い方は帰り際、年老いた自分に向かってこう怒鳴った。


「じじい、ちゃんと貯金しておけ!」


するとじじいはこう切り返した。


「おまえがしておけ!」


そんな中、電車会社は『電車に乗ろう運動』を展開していた。
新聞には、車会社の倒産の記事があいついで載った。
ドリームドアが犯罪と失業という社会問題を生み出したのだ。


サラリーマンはサラリーマンで、日帰り出張が増えたと嘆いていた。
まったく夢なんてないわな。


裸の男は竿をすっと持ち上げて糸をたぐりよせたが、
餌はすでに食われてついていなかった。


とにかく、ドリームドアによって失業率が増加、犯罪も世界各地で増加した。
それで気の弱かったドリームドア発明者は首をくくってしまった。


事態を重く見た各国政府は、ドリームドア拡散禁止条約を締結。
しかし、各国は内緒で軍事利用を企てていた。


そしてこのような混沌に終止符を打つべく、
ついに画期的な防犯装置がセキュリティ関連の企業によって開発されたのだ。


それはドリームドアで入ってきた人間が、
セキュリティシステムに登録されていない場合、ヤリでつくという恐ろしい装置だ。
その名も『やりすぎ君』である。


その会社の社長は正義感に燃えて言ったわけ。


ドリームドアは、核兵器よりも恐ろしいものとなりました。
わたしたちは、自ら作り出したものから、自らの身を守らねばなりません。
しかし、この『やりすぎ君』があればもう安心。
盗人が入ってきたところをズブリといきます、とな。


それで金持ちはすぐに購入し、犯罪は減少した。
セキュリティ各社は、『やりすぎ君』と同じような防犯装置をどんどん開発、
コンパクトにしたり、わけのわからない機能をつけたりして競争した。


そんな中、『やりすぎ君』が誤作動を起こし、
夜中に酔っぱらって帰ってきたオヤジをズブリと串刺した。酷い話だ。


そんな事故が続いたので、
これまたベンチャー企業がお父さんのための新製品を開発、一躍脚光を浴びる。


鎧である。
万が一の誤作動に備えて、
会社からドリームドアで帰る前に、ロッカールームで鎧に着替えるのだ。


「あ、課長。いい鎧ですね」

「わかる? 新調したんだ。イテッ」

「あ、すみません。肩が尖ってて」


なんて楽しい光景だ。その名も『ヨロイ君』である。


ベンチャー企業のインタビューはどうだったか。


何の罪もないのに、仕事で疲れて帰ってきたお父さんがズブリと串刺し。
こんなことが許されていいのでしょうか。
この『ヨロイ君』は、ヤリの鋭い一撃から大切なお父さんを守ります、ということらしい。


そうすると、他社も負けじといっせいに鎧を開発。
機能アップや軽量化を検討し、優れた鎧を開発すべく競争した。


しかし敵もさる者である。
盗人が『ヨロイ君』を着て泥棒を始めたので、犯罪がまた増加した。


そんなずる賢い泥棒どもを一網打尽にする製品がまた開発された。
セキュリティシステムがオヤジじゃないと判断した場合、
鎧を高性能レーザーで瞬時に切断する装置だ。
その名も『まじぎれ君』である。


これを『やりすぎ君』とタイアップで売り出した。


わかるか?
つまり、泥棒が着ている『ヨロイ君』を『まじぎれ君』が瞬時に切断し、
『やりすぎ君』でズブリ、というわけだ。


これで犯罪は減ったかにみえた。
しかし、またコンピューターが誤作動を起こし、
鎧を着て安心して酔っぱらって帰ってきたオヤジが丸裸にされた上、串刺しに。
いいのかこれで。




3 科学技術が進歩しても……

 
わたしはひとつ深呼吸をして、扇子を懐へ収めた。


バカな話だがな、ドリームドアだけに限らず、
これと似たようなことをどこでもやっていたのだ。


そうやって、進んだ技術で狐と狸の化かしあいをしている間に、
海や大気を汚染し、森林を過度に伐採し、ごみや有害物質を大量に出したのだ。
それだけではない。
たくさんの生物が死んでしまい、飢餓で多くの人が死んでしまい、
心ない犯罪も多発したのに、ずっと争いを繰り返したのだ。


技術だけでは、みんな幸せにはなれなかったのだ。

裸の男は釣り針を引き上げたが、また餌はいなくなっていた。


「……もうやめだ」


裸の男は竿を置き、お面を取ってわたしに返した。
そう言えば、さっきから一匹も釣れていない。


「……いい話だったよ。で、天狗よ、これからどうするつもりだ?」


さあて、どうしたもんか? すると裸の男は魅力的な提案をしてきた。


「どうだ、一度集落へ降りてみては?
 せっかくきたんだ。まあゆっくりとこの時代を見学してきたらどうかな?
 女の子も裸で美人が多い」


わかった。すぐ行く。


「わたしは釣るポイントを変える。
 この川沿いをしばらく下ると、右手に集落へ向かう小路がある。
 それを下りていけばたどり着くはずだ」


わかった。善は急げと言う。本日の講義はこれでしまいにする。


「言っておくが、集落には悪いヤツもいる。欲にかられて騙されないようにな」


心配無用よ。おまえもしっかり釣れよ。じゃあな。




4 裸の男の正体


わたしは裸の男と別れた。


川沿いをしばらく下ると、右手に小路があった。
これだ。
この小路の向こうには魅惑の世界が広がっているのだ。


下衆というなかれ。
いくら科学技術が進歩しても、人の心なんてものはそんなに簡単には進歩しないのだ。
わたしは暗くて細い山道を小走りでかけた。


しばらく進むと、左前方の木々がまとまって倒されている場所があり、
不気味に広い空間になっていた。


……ん? なぜ木が倒されているんだ?


わたしは小路から外れて、倒れた木を踏みわけながら奥へ進んでいった。
しばらく歩くと、何か布切れのようなものがたくさん脱ぎ捨てられてある。
わたしは布切れのひとつを手に取った。


……これは、天狗の衣装?


なぜだ。なぜ天狗の衣装がこんなところにある?
何となく嫌な予感を感じているわたしは、
さらに前方に大きな丸い物体が放置されているのに気づいた。


それは、ボロボロになった金属の塊のようだ。
木々はその塊を先頭にしてなぎ倒されていたのだった。見たことある形だ。


わたしは物体に近づいた。そして、眉をひそめた。
タイムマシンではないか!
わたしは駆け寄って中を調べた。どうやら壊れていて動きそうもない。


しかし、なんだ?
天狗の衣装……、壊れたタイムマシン……。え?


わたしは小路をあわてて駆け戻った。まさか、まさか……。


やはりない! タイムマシンがない! やられたああ!


あのおっさん、天狗やったんや!
自分のタイムマシンが壊れたから、
おれのタイムマシンを盗んで未来へ帰りやがった!


わたしはしばらく呆然と立ち尽くしていた。
あたりをくまなく探したが、裸の男の影も形もなかった。




5 天狗のなれの果て


わたしは肩を落としながら、走り戻ってきた道をトボトボと歩いていた。


それにしてもあの狸野郎、ひと芝居打ちやがって。
魚を狙っているフリをして、じつは天狗を狙っていやがったとは……。
しかも聞き上手ときた日には、さすがのおれもこの様だ。
今度会ったら、ただじゃすまねえ……。


わたしは壊れたタイムマシンのところまで戻ってきた。
修理したいが、最新鋭のマシンである。
一介の娯楽人に、修理できるわけがない。
テレビひとつ直せないのだ。
思うに科学技術の発展は、人間を無能にしているのかもしれない。


あたりには、天狗の衣装がずいぶんと散乱している。


ん? おかしいぞ。


これだけ衣装が散乱しているということは、
ここにきた天狗はひとりやふたりではないということだ。
あの野郎とおれだけではない? ここには天狗がよく来るのか?
わたしはその場で考え込んだ。


……そうか。すべてがわかったぞ。


あの野郎も天狗としてここに来たが、
未来へ帰れずに待っていた裸の釣天狗に騙されてタイムマシンを盗まれたのだ。
だから同じように服を脱ぎ捨て、
素人のフリをしてつぎの天狗を待ち伏せしていたのだ。
そこへノコノコとおれがやってきたのだ!


わたしはすかさずつぎの行動に移った。
自分の衣装とお面をその場に脱いで捨てたのである。


そしてつぎの日。


わたしは裸に木の葉一枚、
あの岩場で釣り糸を垂れながら、つぎの天狗を待つようになったのである。


未来からの使者 終
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2005年05月03日

祈って走って

気がつくと、わたしは道端でずっと祈っていた。


来る日も、来る日も、ずっと同じ場所で祈り続けること、二十年である。


同じように二十年もの間、その道を走り続ける男がいた。
来る日も来る日も走り続けた。


ある日のこと、走り続ける男は、
今日に限って歩きながら古ぼけた手紙を読んでいた。
その手紙を読み終えた男は、また今日に限って、わたしに話しかけてきたのだ。


「何をそんなに真剣に祈っているんだ?」


わたしは絶望しているのです。


「なぜ?」


なぜって、いまの世の中を見てください。
どこもかしこも末期症状でしょう?
だから、どうしたらみんなが幸せに暮らせるのか、
ずっと神様と仏様に祈って聞いているのです。


「神様と仏様? なるほど、二股をかけて祈っているんだな? それで成果は?」


それが、だめなんです。
二十年も祈ったのに、良くなるどころか、ひどくなる一方です。


「……すまん。われ力およばず」


いや、あなたが謝ることはありません。
走り続ける男の謙虚な姿勢にわたしは思わず姿勢を正した。


そうだ、ちょっと待ってください。


ここであなたが話しかけてくれたのも神様仏様のお導きかもしれません。
どうしたらみんな幸せに暮らせるのでしょうか?
知っていたら教えてください。


「ん、そうだな……」


走り続ける男はふと笑みを浮かべて言った。


「どちらかに祈ってみたらどうだ?」


神様か仏様か、どっちかを選ぶということですか?


「そう。神も仏も両方好きです、だから片方だけでもお願いします、
 ではどちらの心もつかむことはできないぞ。
 とにかく、どちらかにしてみろ」


そう言われてみれば、そんな気もする。


では、神様にします。
わたしは両手を組んで目を閉じた。


ああ、神よ、わたしたちをお見捨てになるのですか?


すると走り続ける男は言った。


「仏は言うだろう。ああ、祈り続ける男よ、わたしをお見捨てになるのですか。
 もうちょっとだったのに」


ええ? ちょ、ちょっと待ってください。仏様にしてもいいですか?


「いいよ」


よし。わたしは気を取り直して今度は仏様に祈った。


ああ仏様、どうかすべての人々が、幸せに暮らせますように。


すると走り続ける男は言うのである。


「神は言うだろう。ああ、祈り続ける男よ。なぜわたしに頼まない。サイナラ」


何だこの男は。
ふざけるのもいい加減にしろ。わたしは立ち去ろうとした。
すると走り続ける男はあわててわたしを止めた。


「待て待て待て。ちゃんと教えるから。もっと神仏に祈るべきだな」


……は? もっと祈るべき、だって?


自分で言うのもなんだが、
仮そめにもわたしは二十年間も神仏に祈りを捧げてきた人間である。
そのわたしに対して、もっと祈れと言うのか。


わたしは一瞬カチンときたが、冷静に言葉を返した。
いえ、もう十分に祈りましたと。


「いや、神仏への祈りが足らん。あんたはまだ甘いよ」


そのひと言に、とうとうわたしは怒ってしまった。


その言葉は聞き捨てならん!
二十年も祈ったんだぞ、二十年も!
それを言っちゃ悪いがあんたみたいに、
毎日走り続けるだけの人間に言われたくないわ!
少なくとも、わたしはあんたより真面目に考えとるわ!


すると、走り続ける男はまたそっけなく言葉を返したのだ。


「いや、じつを言うとね、わたしはあなたと同じこの場所で、
 あなたより二十年前から二十年間祈り続けていたんだ」


へ? そうなの?


「うん。それでわたしの横を二十年間走り続ける人がいてね、
 ある日、わたしに話しかけてきたんだ。
 そして、あなたとまったく同じ問答をして、わたしはこう言われた。
 神仏への祈りが足らん、あんたはまだ甘いと。
 わたしはあなたとまったく同じように怒ったよ。すると、その人は言ったのさ」


何と言ったの?


「こう言ったのさ。
『考えてもみろ。何千年も昔から人間は、楽園や極楽浄土を求めて神仏に祈ってきた。
 それなのにいつまでたってもこの様だ』」


……うむ。なるほど。


「『つまり、もっと祈れば、そのうちやつらはアテにならんことに気づく』」


……そうかもしれません。


「『そして、もっともっと祈れば、神仏なんていない、
 いたとしてもクソ食らえだ、もうおまえらには頼まない、
 自分でやってやる、という結論に達する』」


……ははあ、わからないでもありません。


「『しかしここで、もう一度よく考えてもみろ。
 すでにわたしたちは、やつらからあたえられている。
 聞く耳、見る目、話す口、考える脳、動く手足。
 これ以上、何を求めることがある?』」


……そんなものはだれでも持っているのではないですか?


「『いや、おまえさんにあたえられたものはだれも持っていない。
 おまえさんには、おまえさんだけにあたえられたものがある。
 それらはおまえさんが望んだから、やつらがあたえてくれたものだ』」


……だからといってどうしたらいいのですか?


「『神仏に祈っているだけでは始まらん。自分にしかできない仕事があるはずだ。
 それを自分で考えて、自分で決めて、後回しにしないで、
 いまからコツコツ始めんか!』」


! わたしは言葉を失った。


「『そうして行動を始めるとやがて、
 おまえさんは神仏がずっと昔から助けてくれていたことに気づく。
 いままでは神仏に祈って頼ってばかりだったが、
 これからは自分が神仏の代わりとなって、
 人々が神仏に祈っていることを実現するために生きよう、
 そのために自分は神仏に肉体を借りて、
 地上に降りてきたのだと考えるようになるからだ
』」


ええ? わたしが神仏の代わりになるだって?


「『そうだ。おまえさんが二十年、
 いや、じつは生まれる前からずっと祈り続けてきたことなのに、
 どうして神仏が見捨てようか。
 それを叶える手段として、神仏が肉体をすでにあたえてくれているのではないかね?』」


……つまり、何でも自分の願うことは自分で叶えるよう、
神仏が助けてくれていたのか?
そうすると、わたしの二十年間はいったい何だったのだ?
何という膨大な時間を無駄に過ごしてきたんだ?


「『いや、いままでの人生はそのための準備だった。
 人生に無駄なことなどひとつもない、と考えなさい。
 ものごとは考え様ですべてが決まるのだ。
 それでもなお自分の仕事が見えないなら、
 とりあえず死ぬまで生きておけい!』」


はい!


「『最後にもうひとつ!』」


何でしょう!


「『偉そうに言ってゴメンね』」


あ、いえ。


「……と、言われたわけ」


 ここで走り続ける男は、自分の言葉に戻った。


「それで、自分の仕事は見えたかね?」


わたしは首を傾げた。


わたしはいままで祈り続けただけの人間です。
何をするかだなんて、考えたこともありません。
いや、考えてもわからないから、逃げていたのかもしれません。


……しかし、ここで祈っていても始まりません。もう行こうと思います。


すると走り続ける男は優しく言った。


「そうです。
 あなたにはあなたの道があるのです。その道を行くのです。
 やがてあなたの本当にやりたい仕事が見つかります。
 しかし、焦ってはいけません。
 ものごとには時機というものがあります。じっくりと進めていくのです。

 そして、迷ったときはこの手紙を読むのです。
 あなたの進むべき道へのヒントが書いてあります。
 それまでは決して読んではいけませんよ」


走り続けた男は、さっき読んでいた手紙をポケットから取り出し、
わたしに手渡した。
ずいぶんと古い手紙である。


「いつ頃書かれたのかは、よくわかりませんが」


そうですか。とにかく、ありがとうございます。
わたしはその男に礼を言って立ち上がった。


そしてわたしは、走り始めることにしたのである。


しかし、読むなと言われれば読みたくなるものである。
わたしは早速古い手紙を取り出し、恐る恐る開いてみた。








あれ、何も書いていない……。
まちがえたのかな……?


あ、そうか! 自分の仕事は自分で決めるんだった。


そのことに改めて気づいたわたしが振り返ると、
走り続ける男は笑って手を振ってくれた。そして彼はまた走り始めたのである。


さあ、わたしも行こう。わたしは懐へ手紙を入れて走り始めた。
まだまだこれからだ。おもしろくなってくるぞ。


祈って走って 終
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2005年05月01日

はじまりのはじまり

突然わたしは、すべてを知りたくなった。

どうしたらすべてを知ることができるか、ずっと考えていた。
そして、ついに名案を思いついたのだ。

もうひとつ小さな宇宙を創造するのだ。

そして、そこに住む人間の考えていること、やることなすこと、
すべてわたしが把握できるようにするのだ。
そうすれば、わたしは人間を通して宇宙のすべてを知ることができるだろう。

ここで問題が起こった。どうやってその宇宙を創造しようか。
わたしはまた考えた。そして、妙案を思いついたのである。

世界中をまわって、賢者という賢者に会うのである。
そして宇宙を作る方法を知るのだ。

それでわたしは世界中を巡って賢者という賢者に会った。
そしてとうとう、宇宙を創造する方法を知ったのである。

だが、思わぬ誤算があった。

宇宙を創造する前に、わたしはすべてを知ってしまったのである。

なぜなら宇宙を創造するためには、
すべてを知らなければならなかったからである。

そうすると、宇宙を創造する必要がなくなってしまった。

そこで毎日、すべての知識を使っての思考を楽しんだ。
しかし、あることに気がついた。

たしかにすべてを知っているけど、
それらを同時に考えることができないな。
すべてのことを同時に考えることができたら、なんとすばらしいだろう。

そして、ひらめいたのだ。

やっぱり宇宙を創造しよう。
そして、その宇宙の人間が考えていること、やることなすこと、
すべて同時にわたしが把握できるようにしよう。
そうすれば、わたしはわたしのすべての知識を
同時に考えているのと同じことになる。

そうしてわたしは、いよいよ新しい宇宙を創造しようとした。
そのときである。

知らなかったことがひとつだけあったのだ。

いまのわたしの住んでいる宇宙は、
いまわたしが新しい宇宙を創造しようとしているように、
遠い昔にだれかが創造したということを。

わたしは天を見上げてこう言ったのだ。
やるなあ、あんたも。

すると、天から声が聞こえた。

「いや、それほどでも」

わたしは心の中で思った。こいつか、この宇宙を作ったやつは。

「そうです」

そうか、こいつはわたしのいる宇宙のことは何でも把握しているはず。
だからわたしの考えは筒抜けなのだ。こいつにはかなわない。

そう思った刹那、天は意外なことをわたしに言った。

「ひとつ、聞きたいことがある」

いまとなっては、すべてを知っているわたしである。
この宇宙で答えられない質問はない。
しかし、質問をするのはこの宇宙を作ったという天である。
わたしは身構えた。

「わたしはすべてを知って、おまえたちの住む宇宙を創造した。
 だが、わたしがおまえたちの住む宇宙を創造しようとしたとき、
 おまえと同じように天から声が聞こえたのだ。
 そして、わたしはいまからおまえにする同じ質問を受けた。
 そしてわたしは、その質問に答えることができなかった」

わたしはしばし考えた。
天はすべてを知っている存在である。
その天が答えられなかったのに、わたしに答えられるだろうか。

すると天は言うのだ。

「わたしも同じことを考えたよ、天からの声に」

わたしは少し空恐ろしくなった。
そして、天がどのような質問をするかわかったのである。

「さすがに察しがいいな。そのとおりだ。
 わたしはそれをおまえに聞きたい。わたしにもわからないのだ」

わたしは天がしようとする質問を確認した。

いったいだれが最初に宇宙を作ったのか、ということか?

「そうだ」

……ちょっと待ってくれ。わたしは長考に入った。

わたしの宇宙を作ったやつが、いまわたしの前にいる。
そいつのいる宇宙を作ったやつがいて、
さらにそいつのいる宇宙を作ったやつがいる。
その宇宙を作ったやつもいる……。

「どうだ? やっぱりわからないか?」

いや、ちょっと待て。わかった。そんなやつはいない。
宇宙を最初に作ったやつがいたら、
そいつが住む宇宙を作ったやつが必ずいることになる。
だから最初に宇宙を作ったやつはいない。

「じゃあ、なぜわたしたちはここにいるんだね?
 最初に宇宙を作ったやつがいなければ、
 わたしたちはここにいないのではないのかね?」

……ちょっと待ってくれ。わたしは二度目の長考に入った。

そうだ。わたしもわたしの宇宙を作ったやつも、たしかにここにいる。
だから、この宇宙を最初に作ったやつはいる。

だがそれは、物質の世界に住んでいない、形のない何かだ。
なぜなら、物質であれば、必ずだれかが作ったことになるからだ。

最初に宇宙を作ったもの、それを仮にAと呼ぼう。
Aが物質の世界を最初に作った。そのAを作った何かはいない。
Aが最初だからだ。

つまり、Aは初めからいて、ずーっといるが、物質ではない。わかった!

「本当にわかったのか?」

ああ。Aだ! Aが最初にこの宇宙を作ったのさ。

「……Aって何だ?」

わからない。だが、初めからずっといる何かだ。
生まれもしなければ、死にもしない、物質ではない、形のない何かだ。

「そういうのを、『いない』というんだ」

なんと! たしかにそのとおりだ。

「つまり、最初に宇宙を作ったやつは、『いない』ということになる」

……ちょっと待ってくれ。わたしは三度目の長考に入った。

いや、いないんだ。物質の世界には。
物質ではない、つまり言うならば意志だ。
永遠に存在する意志が、物質の世界を最初に作ったのだ。

「ほう。なるほど。たしかに正解だ」

正解だって? 答えがわからないんじゃなかったのか?

「そう。わからない。だが、そこまでは正解なのだ」

わたしは、天が何を言っているのかわからなかった。
すると、天はこう説明した。

「じつは、わたしがおまえたちのAなのだ。
 あなたの物質世界を作った物質でないもの。
 最初からいて、最後までいる永遠の意志。それはわたしだ。
 でも、このわたしの宇宙を作ったやつとは、
 さっき昼寝をする前に話したばかりだ」

さらに天は言う。

「難しいことを言うようだが、わたしはあなたの世界から見れば、
 物質ではないし、永遠にいる意志なのだ。
 なぜなら、わたしはあなたの世界の時間をコントロールすることができる。
 巻き戻し、早送りをして、見たいところを見ることもできる。
 あなたの宇宙を終わらせることもできるのだ。
 あなた方の考え、行動、すべて手に取るように把握している。
 そのように、わたしはあなたの宇宙を創造したのだ。

 しかし、あなたの世界から見たわたしは永遠でも、
 わたしの世界では寿命がある。
 わたしはあなたの世界のAだが、最初のAではないのだよ。
 だからわからないのだよ。いったいだれが最初にこの宇宙を作ったのかね?」

わたしは唸った。わからない。そして疲れてきた。眠たい。……。



どうやらわたしは天を前にして眠ってしまったようだ。
起きたときには天はもういなかった。いくら呼んでも返事はなかった。

天さえもわからない謎。
だが、打つ手はある。わたしの考えはこうだ。

わたしは新しい宇宙を創造する。
そしてその新しい宇宙の中で、すべてを知る者がやがて現れるだろう。

その者は、新しい宇宙を創造できる人間である。
そんな人間に、この問題を聞いてみるのだ。
もしわたしより賢いならば、この謎を解ける可能性がある。

わたしは新しい宇宙を作った。


美しい。
なんと完璧で調和の取れた世界なのだろう。

わたしはこの宇宙のすべての住人に、
このすばらしい宇宙で楽しんでもらいたい。

そして覚えていてほしいんだ。
わたしはこの宇宙のすべての住人をいつも優しく見守っていることを。
あなたが楽しいときにはわたしも一緒に笑い、
あなたが一人で辛く寂しいときには、
そっと寄り添って温かくあなたを包んでいることを。

そしてその人生を終えたなら、あなたはわたしの元に帰ってくるのさ。
だからあなたは一人ではないのですよ。
うっとうしいかもしれないが、いつもわたしがいるわけ。
なぜってわたしはそういう仕組みで宇宙を作っちゃったから。

だからいろいろあるとは思うけど、楽しんでね。
そしてできるだけみんなが楽しめるように助けてあげてね。
なぜってわたしの願いはすべての住人の喜びなのですから。



わたしはそんなことを考えながら、自分の創造した宇宙を優しく眺めていた。
そしてその中で起こるすべてのできごとや、人々の思考を把握して楽しんでいた。

さてと。どこにいるのかな……。いたいた。

そこにいたのは、すべてを知りたいと思っている人間だった。
つまり、わたしの謎解きの後継者だ。

さて今度の後継者は、本当にすべてを知ることができるだろうか?
頼むから、つぎの後継者に先送りしないことを祈る。


はじまりのはじまり 終
posted by marl at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

じゃんけん三国志

1 石国の軍師、鋏国へ発つ

三つの大国が、大陸の覇権をかけて争う時代があった。
世に言うじゃんけん三国時代である。

三つの国の名は、石、紙、鋏といった。

石国の王、すなわちわたしは、石国一の軍師と称される者を呼んだ。

わが石軍は、その尋常でない硬さから、
鋏軍の得意とする切れ味を封じ込めてことごとく勝つことができる。
しかし、紙軍はあの包み込む戦術を得意とするがゆえに、
わが石軍はすべて包み込まれてことごとく負けるであろう。
ならば、石が天下を取るためには、どんな策を用いるべきか。

わたしが軍師に尋ねると、軍師は言った。

「わが国の天敵である紙にもまた、弱点がございます」

たしかに紙軍にも弱点はあった。紙軍は包み込む戦術を得意とするが、
その薄っぺらさゆえに、鋏軍の切れ味にはことごとく負けてしまうのである。

「これを利用しない手はありません」

どう利用するというのだ。わたしは軍師の言葉に耳を傾けた。

「両国を互いに相食み合わせるよう、わが国が仕向けるのです。
 するとどうなりましょう?」

鋏国がことごとく勝つに決まっている。

「そうです。そして残った鋏国を、わが石国はゆっくりと料理すればよい」

おおっ、なるほど! わたしは改めてこの軍師の智謀に驚かざるを得なかった。

「これを二虎競食の計と申します。まずは後顧の憂いである紙国を、
 戦わずして亡ぼすのが上策というものです」

よし、早速計を仕掛けようじゃないか。

「鋏国を説く必要がございます。
 しかし、敵もさる者、この計を見破るやもしれません。
 ですから、わたしめが直接、三寸の舌をふるって鋏国を誑かして参りましょう。
 わたしめが留守の間、くれぐれもご用心を」

そう言って明朝、わが軍師は鋏国に向かって出発したのだ。頼んだぞ。


2 紙国の軍師、石国へ来る

軍師が発った明くる日、石国に使者が訪れた。
紙国からの使者だという。紙国から?
 
わたしは用心しながらも、紙国の使者と謁見した。
紙国の使者はあたりを見回した後、言った。

「最近の鋏国の不穏な動きについて、石国はご存知でありますか?」

鋏の不穏な動き? いやそんなものは聞いていない。どんな動きなのだ?
わたしは紙国の使者から情報を求めた。

「鋏国に稀代の軍師がついた、との噂でございます。
 その軍師が、天下の軍師が思いもよらなかった、
 まったく新しい策を持っておる、とのこと。
 その策があれば、必ず残る二国を討つことができ、
 必ず天下を取ることができる、という噂です」

必ず天下を取る策? そんな策があるのだろうか?
少なくとも、わが軍師が考え出したあの二虎競食の策以外に聞いたことはない。

「どんな策なのか、現在わが国で急ぎ調べておりますが、
 まったく見当がつきませぬ。しかし、この策の噂が本物ならば、
 いま、鋏国を討たねば、天下はやがて鋏国のものになるやもしれませぬ。
 しかし、わが国はご存知のとおり、鋏国には手も足も出ませぬ次第」

わが国の天敵、紙国も歯が立たないという鋏国。うらやましい。
だが、その鋏国にわが石国は余裕で勝つことができるのだ。
ああ、じれったい関係だ。紙国の使者は言葉を続けた。

「しかし、石国が鋏国に攻め入れば、
 鋏国の野望が崩れ去るのは火を見るより明らか。
 鋏国のえたいの知れぬ策が実行される前に、
 是が非でも鋏国に攻め込んでいただきたい。
 かの国を攻めるはいましかありますまい」

なるほど。そうきたか。

紙国にとってみれば、鋏国こそ天敵なのだ。
さては、その鋏国に勝つことができるわが軍を利用して、
その後わが国を攻めるつもりか。
この男、わが国に二虎競食の計を仕掛けにきたのかもしれぬ。

さらに使者は言葉を重ねた。

「万が一、石国が鋏国に攻め込んでいただけないのなら、
 せめてわが国と同盟を結んでいただきたい。
 そして鋏国が攻めてきたとき、わが国を助けていただきたい。
 鋏国に勝てるのは、石国しかございませぬ」

こいつは困った。

わが国は鋏国に紙国を攻めさせるために軍師を放ったのに、
ここで紙国と同盟をすると自らが仕掛けた鋏国を自ら迎え撃たねばならない。
つまり、何をやっているのかわからん。

しかし、無碍に断ると紙国も黙ってはおらんだろう。
そうなったら、石国が滅びてしまう。

しかし、鋏国もそうバカではあるまい。紙国を本気で攻めることはないだろう。
鋏国が紙国を殲滅すれば、残る国は鋏と石。
こうなれば天下はわが石国のものとなる。
そんなバカを鋏がすることはありえない。

わたしはそう説明して同盟を断ろうとした。

「しかし、鋏国稀代の軍師の策次第によっては、ありえないとも言えません」

紙国の使者は食らいついてくる。

ならば、紙国がわが国をもう決して攻めない、と約束するならば、
同盟を結んでもよい。
そのあたりでわたしは手を打つことにした。

「承知いたしました。わが国は貴国に決して攻め入ることはないでしょう。
 ありがたき幸せにございます」

紙国の使者は去った。何か嫌な予感がする。


3 石国の軍師、首尾上々で帰国

一週間ほどたって、わが石国の軍師が帰ってきた。

「殿、ただいま帰国しました。首尾は上々です。
 明日にも鋏国は紙国へ攻め入ることでしょう。
 それよりも、留守中は何ごともございませんでしたか?」

紙国より使者が来て、鋏国を攻めよと進言してきたことを告げると、
軍師は色をなして驚いた。

「なんと! それはいけませぬ」

それはわかっている。わが軍師の策を紙国は用いようとしたのだろう。
わたしは冷静に処理したことを告げた。

「危ないところでした。殿が賢明で何よりです」

ただし、紙国と同盟を結んでいる。

「同盟? それではわが策の意味がないのではございませんか?」

これは紙国がわが国に攻めてこないようにするための安全策である。
鋏国が紙国を攻めれば、反故にすればよい。戦国の習いである。

それよりも、鋏国の稀代の軍師とやらが気になる。
わたしはわが軍師に鋏の軍師について尋ねた。

「会いました。これが愚物で」

何? 必ず天下を取る策を持っている、
と紙国の使者が言っていたが、大丈夫なのか?

「ありえません。必ずわたしの舌に乗せられて、紙国を攻めるでしょう。
 バカと鋏は使いよう、でございます」

ならば安心である。わたしは鋏が紙に攻め込むのを楽しみにしながら、
ぐっすりと眠りについた。


4 鋏国の鬼謀!

明くる日、わたしと軍師のもとに急報が入った。

「鋏軍が紙国へ攻め込んだようです!」

行ったか! わたしはほくそえんだ。

「紙軍のうち、一軍はわが国に向かっている、とのこと」

その紙の一軍はおそらく先日の同盟による救援の依頼だろう。
もちろん断る。これで紙国は滅亡する。その後、鋏国を攻める。
完璧だ。これで天下が取れる。さすがはわが国一の名軍師の策である。

「祝杯を上げましょう」

こうしてわたしは石国の武官、文官を集め、
陽のかげらぬうちから早くも宴を催した。

ついにわが石国が天下統一の偉業を成し遂げる。
それもひとえに、優秀な人材のおかげにほかならない。
今日はおおいに飲んでもらおう。

「杯を掲げよ」

「乾杯!」

そして宴はたけなわになった。

そろそろ紙軍が来る頃だろう。
かわいそうに、追い返すのみだ。いや愉快だ。
わたしは軍師の背中をバンバン叩いた。もちろん、酔っている。

「ハッハッハ。どうやって追い返してやりましょうか?」

その一言に、わたしは杯が止まった。

おい、どうやって追い返すのだ?
援軍を断った結果、逆上して攻め込まれたら、
わが国は亡んでしまうではないか? 

そう言うと、軍師は顔を真っ赤にしながら説明した。

「同盟を結んだのでしょう? 決して攻め込まないと紙国は約束したはずです」

それはわが国が鋏軍を撃退すればの話である。
その気がないなら、話は別ではないか。
しかし、わが軍師はまだ意味がわかっていない。

「ならば、怒らせないよう、丁重にお断りしましょう」

何を悠長なことを言っているのだ。
それどころか、わが国に攻め込むぞと脅されて援軍を強要されるにちがいない。
急いで援軍の用意をしなければわが国は亡んでしまう。

そこへ、護衛の者が走り込んできた。

「か、紙軍がやってきました!」

丁重にお出迎えしろ!

「その数、五万! そして、攻め込まれています!」

護衛は最後にそう叫ぶと、力尽きて倒れた。
え、なぜだ? 救援の依頼ならばわかる。
だがなぜ救援の依頼もせず、いきなり攻め込んでくるのだ?
すると軍師が蒼ざめた顔で叫んだ。

「や、やられた! 紙軍の後ろにいるのは、鋏軍です!
 紙軍を武力で操っています! 
 そうか、これが必ず天下を取れるという鋏の策か!」

な、なるほど! わたしもようやく事態を飲み込んだ。

鋏はわが石の策に踊らされて紙を攻めたかに見えた。
だが実際は、鋏は紙を攻めると同時に、紙を操って石を攻撃してきたのだ!
つまり、同時に紙と石を滅ぼしにかかったのだ。
何たる鬼謀! 鋏め、さすがに切れるわ!

鋏軍に操られた紙軍に、わが石軍はなす術もないまま蹴散らされていく。
わが居城はみるみるうちに五万の紙軍に囲まれ、
わたしの命ももはや風前の灯し火にみえた。

「だめです。もう持ちません!」

軍師が悲鳴をあげる。くっ、もはやこれまでか。無念である。


5 石国、起死回生の策

「……殿。それに軍師殿。最後まで諦めてはなりませんぞ」

後ろから声をかけた者がいる。

わたしと軍師が後ろを振り向くと、そこにひとりの勇ましい武将が立っていた。

「わが軍最強に固い将、猛固鉄ではないか」

この武将も、先ほどの宴でほどよく酔っていて顔が真っ赤だった。

「殿。わたしもすっかり天下を取れるものと思っていたのに、
 なかなか思うようにはいきませんな。
 こうなったら一か八かの賭けに出るしかありません」

賭け? わたしは猛固鉄の言葉に思わず息を飲んだ。

「紙軍を後ろで操る鋏軍を攻撃するのです」

なんと! いや、この紙軍の包囲を突破するのはいくら猛固鉄でも無理だろう。

「しかし、このまま座して死を待つわけにはいきませぬ。
 殿と石国を守るため、命をかけて包囲を突破しましょうぞ」

「いや、お待ちくださいおふたりとも」

軍師は鋭い顔つきに戻っていた。

「猛固鉄殿。できるだけ早い馬と速攻の得意な部隊を急ぎご用意くだされ。
 そなたを無傷で鋏軍の心臓部へ送り込む起死回生の策を試みましょうぞ」

死中に活あり、なのか?
いや、いまはっきりと言えることは、
わたしの命運はこの軍師のいう起死回生の策に委ねられているということだ。

軍師は続けた。

「わたくしめ、このたびは鋏の計略に踊らされ石国をかかる憂き目に
 遭わせてしまいましたが、これでも石国一と言われた軍師です。
 ここは汚名をそそぐべく、命をかけて紙軍を説得し、
 猛固鉄殿が鋏軍へ突撃する道を開いてごらんにいれましょう!」

そう言うと軍師は前方へ歩み出て手をかざした。

「紙軍の兵士よ! わが言を聞けい!」

「……おい、とうとう軍師が出てきたぞ!」

「降伏するつもりか?」

 紙軍の兵士はいったん攻撃の手を緩めて耳を傾けた。わが軍師は言った。

「なんじら、石国を攻め滅ぼしていったい何が残ろうか!」

「……紙国と鋏国だ!」

「左様! 残るは紙と鋏! よって紙国が敗れるは必定!
 ならばなんじら、何を好んで自滅の道を急ぐか!」

 すると紙軍の中からひとりの武将が現れた。

「石国の軍師よ! そんなことはわかっている!
 できるならばわれわれも石を滅ぼしたくはない!
 だがわれわれは不覚にも鋏の計略にかかり、
 武力をもって脅されいまや鋏軍の手先となる始末。
 もはやわれわれに退路などない! 行くも地獄、帰るも地獄!」

「あわれなり、鋏に誑かされ迷走する紙軍よ。
 しかし、かりそめにも石と紙はついさきに同盟を結んだばかり。
 いずれにしても死あるのみならば、なにゆえ約をたがえて恥の上塗りをし、
 後世にその汚名を残さんとするか!」

「!」

「そしてここに紙国を救う起死回生の策があるとすればどうか!」

「えっ!」

「よく聞けい、紙軍の兵士たちよ! ここから鋏軍までの道を開けよ!
 ならばわが石国の誇る将、猛固鉄が城門より精鋭を率いて風のごとく疾走し、
 なんじらを苦しめる鋏軍を瞬く間に一掃するであろう!」

「なっ!」

「いまや鋏軍はわれわれの共通の敵。これまでのことは水に流し、
 ともに力をあわすれば鋏の野望を打ち砕くこと、昼寝するよりたやすいわ!」

「その言葉、まことか?」

「何を偽ることがあろう! われわれの言はそれこそ石のように固いわ!」

そこに猛固鉄が部隊の用意を整えて紙軍の前に姿を現した。
そして地響きのするような声で叫んだ。

「ええええい! 紙軍よ、わが道を開けえい!」

「……わかった! わが紙軍よ、鋏までの道を開けえい!」

軍の武将が叫ぶと、おびただしい紙軍の包囲のど真ん中が割れて、
一筋の長い道が現れた。おおっ、信じられん! まるで十戒だ!

すかさずその道を駆け抜けるのは猛固鉄の部隊である。

「駆けい駆けい!」

あわてたのは鋏軍である。

「お、おい! 包囲を解くな!」

「ええい、閉めんか!」

「石の武将をただちに潰せい!」

鋏軍の兵士は紙軍に圧力をかけた。

「急げい! わが疾風の精鋭たちよ!」

だがそこは鋏軍には逆らえない紙軍。
その圧力に、石のために開かれた道は少しずつ狭くなっていく。

(くっ、間に合わん……)

いよいよ道が閉じようとしたその刹那、楼上からわが軍師の声が戦場に轟いた。

「こらえよ紙軍の兵士よ! いまここで道を閉ざせば鋏の天下!
 ならば、この道はなんじらの希望の道でもあろう!」

「!」

「天よ、わが道を開けええい!」

猛固鉄が叫ぶとほとんど同時に、道が再び大きく広がり始めた。
そして猛固鉄は紙軍の分厚い壁を抜けきったのである。
抜けた! たしかに抜けたぞ!

そしてついに猛固鉄は鋏軍と対峙した。

「なんと、どうみてもわずか数百ではないか。
 これだけの少数で五万の紙軍を操っておったとは!」

対する猛固鉄は精鋭五十である。

「ええい、わが石の精鋭たちよ!
 ここまでくれば兵の数は問題ではない。鋏軍を一掃せい!」

「おう!」

鋏軍は一気に崩れた。
猛固鉄の部隊はその壊走する鋏軍を掃討すべく馬に鞭を入れた。
数分後、鋏軍は残らず片付けられた。

「よし! やったぞ」


6 恐るべき誤算

こうして猛固鉄は石と紙の兵士の大歓声を浴びながら城へさっそうと凱旋した。
そして城門へと駆けながら楼閣で待っているわたしに向かって叫んだ。

「殿! 石国と紙国は助かりましたぞ!」

「おおっ!」

いっそう大きな歓声がこだました。わたしは背筋が震えた。

「殿、凱旋将軍にお言葉を」

わが軍師が目に涙をためながら言っている。
よし、よくやってくれた猛固鉄よ!
おまえは最高の武将である。石国の英雄である!

「は、はっ! ありがたきお言葉!」

わたしが賛辞を述べると、猛固鉄は下馬して平伏した。
わたしは気分よく続けた。

そして紙軍の兵士よ!
協力、まことに感謝する。
よくぞ鋏軍の圧力にこらえてくれた!

すると紙軍の武将が前へ現れて言った。

「石国の王よ! そして軍師殿、猛固鉄殿!
 よくぞわれらを窮地から救ってくれた。この恩は一生忘れん」

いやいや、困ったときはおたがい様である。
同盟を結んだ仲ではないか。

わたしがそう言うと、紙軍の武将は恐るべきことを言い放った。

「その同盟により、さっそくだがわが紙国へ同行願いたい」

え?

「わが国はいま鋏軍に猛攻を受けている最中。
 鋏に勝てるのはさきほどと同様、石国しかいまい!」

ちょ、ちょっと待ちたまえ。

「待てぬ。もはや一刻の猶予も許されない。
 ただちに行軍の準備をなされい。
 さもなくばわが紙軍は石国を武力で脅してでも連れていくがそれでもよいか!」

げっ! わたしと軍師は顔を見合わせた。
……鋏軍を生かしておくべきだったかな?

紙の武将はたたみかけてくる。

「どうするのだ! 行くのか、行かんのか!」

……行きたくない。どうしよう。

「石国の言はそれこそ石のように固いのではなかったのかね?」

い、行かせていただきます!

「よし。ならば五万の兵を用意していただこう」

……そんなにまだいるのか?

「とにかく、いるだけかき集めて行きましょう……」

こうしてわが石国は勝利の美酒に酔いしれる間もなく、
いやすでに猛烈に酔ってはいたが、紙軍に操られて紙国へと急き立てられた。

「よいか! ここから紙国まで約半日、休みなく馬で駆けぬける!
 石軍が先頭に立ち、われわれはその後ろを進む。
 離反の心ある者は同盟を破棄したものとみなして
 討ち捨てるからそのつもりでおれい!」

紙軍の武将は全軍に号令した。


7 石頭の由来

しかし、にわかに信じがたい展開である。

ひたすら馬を駆りながら疲れきったわたしは横を見た。
並んで走る軍師は声すらない。

おい、猛固鉄。おまえ英雄だったら何とかしてくれよ?

「いや、わたしも鋏には滅法強いんですが、紙にはまったく手も足も出ません」

うおえっ。気分が悪い。吐き気がする。

「そういえば、まだ酒が抜けませんな」

「こらそこ! 私語はやめんか」

あ、すみません……。

まったく、石国の王たる者がこの惨憺たる行軍である。
が、まあ仕方ない。

人の一生なんてどうせ泥まみれよ。
それでもおれは死ぬまで生き抜いてやるぞ。


半日死ぬ思いで駆け続けると行く手に城が見えた。

「あれだ! 紙国の城だ」

すかさず後ろから紙軍の武将の声が飛んできた。

「石軍! ただちに鋏軍を強襲せよ!」

もう死にそうである。

だが、城は思ったより静かだった。
そしてよくよく見ると、城内では鋏軍が武力を生かして後ろ側でのさばり、
紙軍が前方で陣を布いて石の援軍に備えていたのである。

わが軍師はため息をついた。

「また鋏のやつら、紙軍を後ろから操っています」

さすがである。やはり鋏は頭が切れるようだ。

「殿。どうやらわたしたちも、鋏の使い方を覚えなければなりませんね?」

そうである。わが石軍も頭を使わねばこの時代を生き残れない。
紙を倒すために、鋏を利用するのだ。

だがそのためには、また紙軍の包囲を解かねばならん。
ここはまた軍師の出番である。
もう一度紙軍の兵士を説得し、道を開けさせよう。
そこに猛固鉄をもう一度突っ込ませる。これしかない。

「わかりました。それで猛固鉄殿。今度は鋏を全滅させてはいけませんよ?
 捕らえて利用しなければ石国に帰れませんからね」

「了解した」

「紙軍の兵士よ! わが言を聞けい!」

こうしてわが軍師は城に布陣する紙軍を再び説得し、
また道をこじあけさせてそこに猛固鉄を突っ込ませた。

そして猛固鉄は鋏軍を手早くまとめて
そのまま城外へ連れ出し今度は残る紙軍を駆逐。
無事わが石軍は石国に帰還することができたのである。

この三国動乱の決着はどうなったか。
もうみんないい加減疲れたので仲良く暮らすことにしたという。
ただ、後世の人々は、
鋏の使いようをまちがえるようなバカ者をたとえて

「石頭」

と呼ぶようになった、と聞いている。わしのことやないかい。


じゃんけん三国志 終
posted by marl at 20:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 空でうたたね物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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